東京湾の社 下総の古社 寒川神社

千葉寒川神社
(千葉市中央区寒川町1丁目123番地鎮座)


寒川神社はJR外房線本千葉駅から徒歩8分程の地に鎮座する神社で、延喜式『千葉郡 寒川神社』の論社とされている。

寒川神社 社前
御祭神は寒川比古神・寒川比売神を主祭神とし、相殿として天照大御神を祀っている。
寒川比古神・寒川比売神は、相模国一宮・寒川神社と同じ祭神で、治水の神や方位の神として信仰されている。
浅瀬が広がっていた古代~上古千葉の開拓神、そして、当地で盛んだった漁業や海運の安全を祈願した方位神の側面があったのであろう。


また、江戸時代の歴史学者伴信友著『神名帳考証』にて、「寒川村は天正年間までは結城と称せし所にて、千葉郡寒川村の属邑寒川新田というところに古社あり。今は神明と称すれども式内寒川神社なり。」と記されていることから、寒川神社の社地に天照大御神を祀る神明社が建立されたのであろう。
しかし、現在の通説では船橋市に鎮座する二宮神社が「式内社 寒川神社」と比定されている。


神社境内
神社境内は、正面に寒川二神を祀る正殿と、その左脇に天照大御神を祀る相殿の二殿から成る。ちなみに境内にある摂末社は、大雨のために確認できず・・・。

正殿

寒川神社
御祭神
主神 寒川比古神・寒川比売神
相殿 天照大御神


相殿

由来
寒川神社の御祭神は寒川比古神・寒川比売神、相殿に天照大御神の三柱の神々が祀られています。明治までは、神明社、伊勢明神と呼ばれていた。
天正十九年(1591)十一月徳川家康が社領として十石を寄進している。

獅子頭一体を御神体として、奥殿に祀っている。この獅子頭は桐材を使用しており、漆塗で刻法は力強い。内側に朱墨銘があり、様式は法隆寺に伝わる獅子頭に類似しているものがあり、制作年代を鎌倉期とする説がある。
獅子頭の銘文をみると「社殿及び獅子面大破に及びければ、文明十三年(1481)九月二十日再建す」とある。
弘化二年(1485)十月二十日夜、火災のため社殿、末社に至るまで悉く焼失、僅かに神鏡、神幣、獅子頭の三品は焼失を免れた。


日本の夏の風物詩
ゲリラ豪雨

姉ヶ崎の島穴神社参拝時に遭ったゲリラ豪雨以後、晴天が続いていたのだが、本神社に到着したと同時に再びゲリラ豪雨に遭遇><
本千葉駅に到着したとき、けたたましい稲妻が天から降りてきたので、「きっと来るだろうな」と思っていたが。

次回はもうひとつの「寒川神社」
船橋に鎮座する二宮神社です♪

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