奥多摩の社 武蔵御嶽神社

武蔵御嶽神社
(東京都青梅市御岳山176番地鎮座)

武蔵御嶽神社は標高929mの御岳山の山頂に鎮座している関東山地の社に多い神仏習合が色強く残る山岳信仰の古社。
社伝によると、創建は崇神天皇七年(BC91年)。以来、天平八年(736年)僧行基が東国鎮護の為に社殿を造営し、蔵王権現を勧請したと言われている。

大岳山
中央の円錐型の山が霊山・大岳山(標高1266m)。
武蔵御嶽神社は大岳山を遥拝するような地にある。(写真左端が御岳山)
ケーブルカー御岳山駅から徒歩30分程度、途中宿坊などを通り過ぎ、いささか急な坂を登りきると境内に着く事ができる。

大鳥居
本社の御祭神は櫛眞智命 、大己貴命、少彦名命、廣國押武金日命(安閑天皇)。
また、鍋割山の山頂付近(標高1077m)に日本武尊を祭神とする奥の宮が鎮座している。
尚、狼(山犬)が御眷属(神の使い)とされている点では、埼玉・秩父の三峯神社と同様。ちなみに式内社・大麻止乃豆乃天神社の論社のひとつとされている。

随神門
武蔵御嶽神社
御祭神
本社 櫛眞智命、大己貴命、少彦名命、廣國押武金日命(安閑天皇)
奥宮 日本武尊
御眷属 大口眞神

銅鳥居
「講」が寄贈した石碑が多く並ぶ

由緒
社伝によれば、創建は第十代崇神天皇七年に武渟川別命(たけぬかわ・わけのみこと)が東方十二道を平定の時、大己貴命・少彦名命をお祀りしたのが起源とされ、平安前期の延喜式神名帳には、この地の地主神 である大麻止乃豆乃天神社(おおまとのづのあまつかみやしろ)として記されており、古くより関東の霊山として信仰されて参りました。

社殿
山岳信仰の興隆とともに、中世関東の修験の一大中心として、鎌倉の有力な武将たちの信仰を集め、御嶽権現として栄えました。
天正十八年徳川家康公が関東に封ぜられますと、朱印地三十石を寄進され、慶長十一年大久保石見守長安を普請奉行として社殿を改築、南向きだった社殿を江戸城守護のために東向きに改めました。

御嶽菅笠
(江戸時代発行の御嶽山道中記) 
人々の社寺詣が盛んになるとともに、御嶽詣も、武蔵・相模を中心に関東一円に拡がり、講も組織され、現在に及んでいます。

また、日本武尊御東征のみぎり、この地で難を狼により救われたといわれ、以来神社の守しめとして多くの人々の崇敬を集めております。
明治維新により、御嶽蔵王権現を改め、明治七年(1874)御嶽神社の社号となり、更に昭和二十七年 (1952)、武蔵御嶽神社と改め現在に至っています。

現在の幣拝殿は元禄十三年に徳川幕府によって造営されたものです。
(以上、由緒書きより)

扁額
道教の寺院を想起してしまう現在の幣殿・拝殿は、元禄十三年に徳川幕府によって造営された建造物で権現造りの様式。
尚、慶長十一年(1605年)の造営の際、南面であった社殿を江戸城鎮護の為に東向きに改めたという。

本殿
玉垣内に坐する本殿。
現在は玉垣内を自由に参拝することができるようになったので、境内社や古代祭場も見ることができる。

尚、本神社では滝行等の体験修行が度々企画されている。
一度参加してみたいと思うのだが・・・いざ勇気が(笑)


そして、武蔵御嶽神社の玉垣内へ♪

本殿と玉垣内のお社
本神社の境内社の多くは玉垣内に鎮座しているが、平成19年より玉垣内の摂末社への自由参拝が許可された。
社殿前の華やかな雰囲気とは趣を異にし、とても静寂としていて神域を感じずにはいられない所だった。

大口真神社
大口真神社は、武蔵御嶽神社本殿の真裏にあり、最も高い位置(御岳山頂)に坐している社。

大口真神社
御祭神 大口真神

由緒
日本武尊が東征の際、この御岳山から西北に進もうとされたとき、深山の邪神が大きな白鹿と化して道を塞いだ。尊は山蒜(やまびる)で大鹿を退治したが、そのとき山谷鳴動して雲霧が発生し道に迷われてしまう。
そこへ、忽然と白狼が現れ、西北へ尊の軍を導いた。
尊は白狼に、「大口真神としてこの御岳山に留まり、地を守れ」と仰せられ、以来、御嶽大神とともに「おいぬさま」と崇められ、関東一円の信仰を集めている。

常盤堅磐社(旧本殿)
常盤堅磐社(旧本殿)
全国の一の宮が祀られており、現在の本殿が明治十年に建て替えられた際にここへ移築されました。旧社殿の建立年代は元禄年間とのこと。
尚、社殿自体の建立年代は徳治二年(1307)に壬生氏によって造営が行われたという。

太占祭場
太占祭場
儀式は1月3日早朝、非公開にて行われる。
占いを司る当社主祭神「櫛麻智命(呪術・智恵の神)」のお力をいただき、鹿の肩甲骨を火で焙り、割れ具合から作物の豊凶を占う神事で、現在では群馬県貫前神社と当社だけに伝わる。
(尚、祭事は非公開・立ち入り禁止です)

皇御孫命社
皇御孫命社
御祭神 天瓊々杵命(あめのににぎのみこと)
江戸時代後期の社殿で、屋根の軒先には三葉葵の紋があることから、元は東照社だったという。

皇祖孫命社の狛犬
神門前に坐している狛犬・・・。
というか、どうみても狛ブタ?イノシシ??
とてもユーモラスでかわいらしい。

神明社
神明社
御祭神 天照皇大御神、豊受比賣神
神明さまと呼ばれ信仰をされる伊勢神宮の神霊をお祀りしている。

巨福社
巨福社
御祭神 埴山比女神
農作物を豊かにしてくれる土の神。
古来より、お社の回りの土は霊験が強いとされ、御嶽神社の山砂を持ち帰って、それを田畑に撒くと、土の霊力によって虫の害を防ぐことが出来るという信仰が今でも残っているという。

左:二柱社 右:八柱社
二柱社・八柱社
二柱社 伊邪那藝大神 ・ 伊邪那美大神
八柱社 春日社 ・八幡社・こかひ社・八雲社・座摩社・月之社・國造社・八神社

その他玉垣内には東照社、北野社が祀られている。

御岳の神代ケヤキ

随神門から土産屋さんが立ち並ぶ参道沿いに腰を据えている一本の巨木。
幹の太さは8.2メートルで、社伝によれば、日本武尊東征の昔から生い茂っていた木とされ、古くから「神代ケヤキ」の名で親しまれているという。

本当は奥多摩トレック(奥多摩~御岳縦走)の際に併せて書こうかな?と思っていたが、なかなか実現できないので、今回記載しました・・・。


次回は奥多摩に鎮座する氷川の社です♪

Comments

Popular posts from this blog

信濃探訪 : 守矢史料館 一子相伝の古代諏訪口伝

沖縄久高島巡礼 徳仁川拝所と久高島の町並み

「今伊勢に坐する元伊勢」 酒見神社