北アルプスの社 川會神社

川會神社
(長野県北安曇郡池田町大字会染字十日市場12079鎮座)

社叢
安曇追分駅から高瀬川を渡り、約500メートル先に鎮座するお社。

参拝時はちょうど収穫の秋の季節。
頭を垂れた稲穂の先にある社叢が美しく、背後から信濃富士こと有明山が顔をのぞかせていた。

川會神社は、延喜式神名帳にて穂高神社とともに式内社に比定されている古社で、穂高神社の主祭神・穂高見命の祖神である海神・底津綿津見命を祀っている。

鳥居
鳥居の注連縄は、泉小太郎伝説の母・犀龍がうねっているかのような姿で掛けられている。
泉小太郎伝説とは安曇平の地創り民話。

子・小太郎が母である犀龍の背中に跨って、かつて湖であった安曇野の地を切り拓いたというおはなしで、小太郎が穂高神社の祭神・穂高見命で、母の犀龍が本神社の祭神・底津綿津見命に置き換えることができる。
(ちなみに「まんが日本昔はなし」のOPに流れていた映像は、泉小太郎伝説が由来らしい)

社殿

尚、当神社の社伝では・・・
「建御名方命の后は海神の女なり、太古海水国中に氾濫、建御名方とその后は治水のために水内山を破って水を流し越海へ注ぎ、始めて平地を得た。」
ともある。(建御名方命の后は八坂比売神・・・諏訪大社の祭神)

この話に近似したおはなしとして、ネパール・カトマンズの大地創造神話があるのでご参照を。
ネパール漫遊記~聖地スワヤンブナート


本殿

川會神社
長野縣信濃國北安曇郡會染村字十日市場鎮座
祭神 底津綿津見命


本神社は景行天皇十二年の創建。
創建当初は高瀬川と木崎湖から流れる農具川との落合に鎮座していた地を川會神社と称し、島ノ宮大明神とも尊称されていた。
本神社の祭神は、底津綿津見命は穂高神社の主祭神・穂高見命の祖神であり、延喜式神名帳の式内社に比定された古社である。

摂末社
平城天皇の大同年中(806~810年)、坂上田村麻呂東夷征伐の砌、この島ノ宮に陣して中房の鬼賊を退治できたことにより、社殿を改築したものの、天永元年、高瀬川が氾濫してしまい社地が水没してしまう。
永久三年(1115年)九月、社を高瀬川の東、字名で古宮という地に遷した。

戦国時代、武田信玄が信濃へ攻め入った際に、社屋が焼失し再建したが、天明年度(1781~1788年)の洪水により社地がまたも流されてしまい、現在地に遷座した。
(境内案内より要約)

鳥居の中央に生えていた聖なるキノコ。
この小さなキノコが岐神となって、川會神社を護っている・・・なんてな。


次回は有明山の麓に鎮座するお社です。

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