10 November 2012

日光三社巡り 日光の聖地 瀧尾神社

Location 日本, 栃木県日光市萩垣面2440−311
日光三社巡り
3.瀧尾神社
今回は、かつて「日光参りの中心地」であった瀧尾神社(瀧尾宮)へ。
二荒山神社脇のちょっとした山道を抜けていくと、女峰山を源流とする稲荷川の先に小高い丘があり、その丘全体が瀧尾宮の社域となっている。


瀧尾神社は本宮、新宮(現在の二荒山神社)とともに日光三社権現のひとつで、女峰山の女神、田心姫命を御祭神として祀っている。
なるほど、神社を位置的に見ると、女峰山、男体山、太郎山をミニマライズさせたように配置になっている。(ただし、日光白根山山頂から見ると、ですが)

別所跡周辺
別所跡
東照宮の遷座以前、日光参詣の中心はこの滝尾周辺であった。
日光責めで有名な輪王寺の「強飯式」(山伏が、大盛りの飯を残さず食べろと責める儀式)も、ここが発祥の地である。明治になって別所は廃絶。
永生六年(1509)日光に来た連歌師、宗長の紀行文「東路のつと」には、「ここより谷々を見下ろせば、院々僧坊およそ五百坊にも余りぬらん。」とあり、盛時の様子が偲ばれる。

影向石
参道から脇に入っていくと、立派な石祠の横に影向石と呼ばれている巨石が。

影向石
影向とは、神仏が仮の姿をとって、この世に現れること。
弘法大師(空海)が、弘仁十一年(820)この地に来て、奥の大岩のあたりで、神霊の降下を祈願したところ、美しい女神が現れたと伝えられている。

参道
鬱蒼と木々が生い茂った緑深い石階段を昇っていく。
喧騒とした日光東照宮周辺からさほど離れていないにもかかわらず、とても静寂としている。
耳を澄ませば、御神山である女峰山から流れる清流の音。
とても趣き深い参道である。

運試しの鳥居
石段を登った先には、「運試しの鳥居」と言われている石鳥居が。
ちなみに、私は一度も小石が穴に入りませんでした・・・。

運試しの鳥居
元禄九年(1696)に、三代将軍家光の忠臣、梶定良が奉納したもので、鳥居の額束(鳥居中央部分)の丸い穴に小石を三つ投げ、穴を通った数で運を試したという。
御影石、明神造り

楼門
運試しの鳥居の先にある楼門。

楼門
重層入母屋造・総漆塗
元禄十年(1697)に移転新築された。
それ以前は正面参道石段を登った附近にあり、おなじくらいの門であった。
江戸建築の重厚な建物である。

拝殿
拝殿
正徳三年(1723)建立。
古く楼門が参道南方にあった時代には、現在の倍の大きさがあって、側面は谷下まであり、清水の舞台式い高床が作られていたという。

唐門
(両脇には縁結びの笹)
滝尾神社(重要文化財)
日光二荒山神社の別宮。
本宮、新宮(現在の二荒山神社)とともに日光三社権現のひとつである。
女峰山の女神、田心姫命を祀る。
弘仁十一年(820)、弘法大師が創建したと伝えられる。
明治四年の神仏分離までは楼門に大師の筆といわれる「女体中宮」の額が掲げられ、仁王像が安置されていたという。
正保三年(1646)の建立。
四月の弥生祭の時には、二荒山神社から滝尾の神輿が渡御する。

本殿
本殿は三間社流造り。
本殿は、正徳三年(1713)に建て替えられたもので、周囲の玉垣・石畳もその時設けられた。
本殿裏壁には御神体山の女峰山を遥拝できるように扉が付けられた造りになっていて、全国でも珍しいとのこと。

白糸の滝
女峰山を水源とする白糸の滝。
滝原参道沿いを流れ、神橋のたもと近くで大谷川と合流する。

鬱蒼とした木々に囲まれた神社の境内を奥に進むと、とても興味深いモノが祀られていました。

無念橋と三本杉
本殿の奥に進むと、更に石鳥居、そして三本の杉が。
手前の石橋は無念橋と呼ばれている橋。
1676年に建立された橋のよう。


無念橋 (俗称願い橋)
延宝五年八月掛替
三本杉を通じて御神体山の「女峯山」を遥拝するため、自分の身を清め俗界と縁を切ることを意味する端であったが、いつの頃からか己の歳の歩数で渡ると女峯山頂奥宮まで健脚で登ったことになり、願が叶えられる、と言われるようになり「願い橋」と呼ばれる。

江戸時代までここは日光修験の中心地であったところから修験者(山伏)達の足腰の鍛錬のための修行が原因でこうした伝承が生まれたのであろう。

御神木
無念橋を渡った先には、紙垂で奉られた三本の杉。
樹齢こそ浅いが、とても丁重に扱われているように見える。
三本杉なのだから、男体山、女峰山、太郎山三山の神の拠り所なのであろう。

瀧尾三本杉
御神木
滝尾三本杉
古代より滝尾境内の最も神聖な処である以前の三本杉は右側は元禄十三年八月十五日(1699)、中央が延享四年八月二十七日(1747)にいずれも静かな夜半突然に倒れたと古書に記されている。
左側は寛延二年六月十二日(1749)夜半雨の中倒れたもので、手をつけずに、今もそのままである。
そのとき、改めて石玉垣を設け、現在に至る。
したがって、今の御神木は250~350年の樹齢である。

三本杉の脇にある泉が酒の泉と言われる清泉。

酒の泉
本宮の清水(昭和24年の今市地震で消失)、薬師の霊水とともに日光の三霊水のひとつ。
弘法大師が、この泉の水を汲んで神に捧げたといわれている。
この御供水には、酒の味があるといわれ、持ち帰って元水として酒を造ると、良酒ができるという。
醸造家の崇敬が篤く、古くから栃木県内の酒造家たちで酒泉講が結成され秋に祈醸祭、春に報醸祭が行われる。
現在は、西神苑の「二荒霊泉」で行われる。

御神山~女峰山から流れる清流の脇にいくと、またもや、鳥居が。
先を進んでみると巨石が祀られていた。

子種石
子種石
古くは、子種権現といわれた。
子供が授かるように、また、安産でありますようにと、この霊石に祈れば霊験があるという。

ここ瀧尾神社には、東照宮や二荒山神社新宮には感じることの出来ないアミニズム的な自然信仰が色濃く残っていて、「聖地」と呼ぶにふさわしい地であるように感じました。

次回は、瀧尾参道に点在する祠や巨石などについてです。
日光瀧尾参道Link⇒http://travelog-jpn.blogspot.jp/2012/11/blog-post_21.html

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