日光三社巡り 下野國一宮 日光二荒山神社 (新宮)


日光三社巡り
2.日光二荒山神社 本社

日光二荒山神社の境内は華厳の滝・いろは坂・日光連山等も含まれその広さは約3400ヘクタール。
例えるならば、東京ディズニーリゾート(ディズニーランド+ディズニーシー)34個分、すっぽり入ってしまう程の広大な敷地で、神社では伊勢神宮に次ぐ面積をもつとされている。
さらに日光の語源は、『二荒』の音読みニコウから。

「日光は二荒山神社からなる」といっても過言ではありません。

銅鳥居
日光三社巡りの今回は『新宮』こと日光二荒山神社の本社。

新宮と言われる由縁は、前回にも記した通り、二荒山神社の創始は、勝道上人が四本竜寺に二荒山の神霊をまつる社殿(現:本宮神社)を建てたことに始まるが、度重なる大谷川の氾濫で社地が危険な状態になってしまった為、日光東照宮陽明門付近に社殿を移した。よって、もとの本宮に対して新宮と呼ばれている。
その後、徳川家康の霊廟~日光東照宮建立のため、社殿を現在地に遷座したという。

神門
本社(新宮)の本殿は元和五年(1619)の建立で、徳川二代将軍秀忠公が御造営した八棟造の(現存する)日光最古の建築物。
尚、拝殿の建立は正保年間とのこと。

参道沿いの御神木
杉(すぎ)に楢(なら)の宿り木
縁結びの御神木
すぎ(き)ならいっしょに!~好きならばいっしょになりました
(境内案内板より)

・・・どうやらダジャレが過ぎたようです(笑)

拝殿
関東総鎮守・下野國一之宮
日光二荒山神社

当神社は関東第一の霊峰・男体山(二荒山)を始め八峯*の二荒山の大神を崇めて奉拝し、神護景雲社殿を造営し、奉祀して以来千二百年余の、由緒をもつ延喜式名神大社である。
男体山頂標高二、四八四米に奥の宮・中禅寺湖畔に中宮祠そしてこの山内の神域に本社が鎮座する。
*日光八峯(男体山・女峰山・太郎山・奥白根山・前白根山・大真名子山・小真名子山・赤薙山)

拝殿内部
御祭神 二荒山大神
大巳貴命(大国主命)・田心姫命・味耜高彦根命

御神徳
国土経営・産業開発・凡ての産業を司られ 福の神と称えられ、農業・婚姻(縁結び)・醸造・ 学業(医薬健康)の祖神として守り幸え給う。
御社殿
重要文化財 本殿・拝殿・日枝社・朋友社・神輿舎 大国殿 銅燈篭(化灯篭)銅製春日造、荒霊泉
別宮 滝尾神社(霊石安産子種石・酒の泉)本宮神社
(境内案内板より)

御神木の三本杉
立地的に日光東照宮の隣地にあるだけあって、多くの団体観光客やカップル、子供やペット連れの家族等々が境内にひっきりなしにやってくる。
本神社には神苑があり、大国殿や霊泉等といったものが拝観できるらしいが、人の多さにいささかうんざりしてしまい、早々に引き上げることにした。

滝原宮へ向かう山道
本社境内を脱出すると、再び静寂とした空気が漂う。
ボク的にはこのようなひっそりとした場の方が合っているようだ・・・。

行者堂
滝尾宮に向かう道中、行者堂なるお堂を発見。

行者堂
お堂の本尊は奈良時代の山岳呪術者、修験道の祖、役小角(えんのおづの)
女峯山へ向かう登山口で、峯修行の行者の拝所でもあったという。
堂の創立年代は不明だが、天正十三年(1585)に再建したという記録がある。
(現在の堂は、平成二年に改築されたもの)

ちなみに、行者堂から左に曲がっていくと男体山と対をなす女峰山の登山道になります。

大小べんきんぜいの碑
小山を越えて下った場所に古い石碑が。

大小べんきんぜいの碑
古くは、このあたりに滝尾神社の栃御門(楼門)、下乗石、木の鳥居などがあり、これから先は滝尾神社の聖域に入るので、大小便を禁ずる碑が立てられた。
庶民にも読めるようにと、『大小便禁制」』のうち、大小のほかは「平仮名」で書かれているのが珍しい。

輪王寺の摩多羅神と関係があるのかな?


次回は、日光の聖域・瀧尾神社です。

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