16 March 2013

伊勢國一宮 椿大神社と石大神

Location 日本, 三重県鈴鹿市山本町1871
椿大神社
(三重県鈴鹿市山本町字御旅1871鎮座)

昨年の春、熱田神宮から伊勢神宮までの間にある古社を巡っておりました。
今回は伊勢國一之宮~椿大神社についてでも。

椿大神社は、入道ヶ岳を背に鎮座し、猿田彦大神を主祭神として祀るお社で、猿田彦大神とは、古事記にて天孫降臨で出てくる神さま。

参道
古事記によると・・・

天忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト)の子、邇邇芸尊(ニニギノミコト)が天照大御神の命により、高天原から豊葦原の水穂国に降る(天降り)に際し、天八衢(アマノヤチマタ・・・天上界と地上界の交差点?)で眩い光を放つ神さまが立っておられました。

天宇受売神(アメノウズメ)が偵察しにいくと、鼻が七咫もある国津神がおり、その神さま~猿田彦大神が邇邇芸尊(ニニギノミコト)一行を先導すると申し出ました。

ニニギノミコト一行を
「遠く海を秘立てて韓国を望み、笠沙の岬を正面に見て朝日がまっすぐさし、夕日の輝く国」
~高千穂の峯へ降り、日向の宮を築きました。
その後、伊勢に戻ったが、阿邪詞(あざか・・・現在の松坂市)で魚をとっていて、ひらぶ貝に手を挟まれて溺れ死んでしまったというお話です。

拝殿
石畳の参道を進んでいくと、荘厳な佇まいをした拝殿が姿を現す。
境内には磐座や古墳等もあり、古代からの祭祀場だったことを感じさせます。

話を戻して・・・
古事記等の神話から「道別(導き)の神」といわれ、天狗の原形ともいわれており、さらに「興玉(おきたま)の神」(神々の御魂を奮起す導き)や「道祖の神」ともされ、一般に神社の参道の門前にこの神さまが祀られている。


椿大神社
御祭神
主神 猿田彦大神  相殿 瓊瓊杵尊、栲幡千々姫命
別宮 天之鈿女命 前座 行満大明神


由緒記によると、創立は垂仁天皇二十七年八月(紀元前3年)に、倭姫命の御神託により、大神御陵の前方「御船磐座」附近に社殿を造営し奉斎されたという。

社名の由来は、猿田彦大神の「道別の神」のちわきが訛って「椿」となった思うが、由緒によると、仁徳天皇の御霊夢により、「椿」の社名となってという。
ちなみに、「ツバキの木」は、古事記で呪術的な霊木として取り扱われいます。

その後、「伊勢の国一の宮」に列し、「地祇猿田彦大本宮」と尊称されているようです。

椿岸神社
椿岸神社
主神 天之鈿女命
相殿 太玉命、天之児屋根命


参道の脇には、猿田彦大神の妻神~天之鈿女命を祀った別宮・椿岸神社が鎮座している。
本神社縁起によると、椿大神社を「上椿社」と呼ぶに対し、本神社を「下椿社」と呼ばれていたという。
御祭神・天之鈿女命は、岩戸隠れ神話等の由来から芸道の祖神とされており、「おかめさん」の原形ともいわれている。

かなえ滝
椿岸神社の脇を流れている「かなえ滝」。
滝の口が蛇のように見えてしまうのは私だけ?

土公神陵
土公神陵
参道中ほどにある前方後円墳は、高山土公神陵と呼ばれ、猿田彦大神の御陵で、山本神主家はこの御墓を神代より守り続ける大神直系の神主家であります。
(配布資料より)

御船磐座
御船磐座
謡曲「鈿女」に謡いこまれる神代の神跡。天孫瓊々杵尊一行の御船がここに繋がれ、 この地より九州に御先導されたと伝わります。

此の御神跡を御舟石坐と申し伝え、中央三個の石を天降石と古代より称す神座を之れをもって明らかにす。
中央奥は主神道祖猿田彦大神、左は皇孫瓊瓊杵尊、右は栲幡千々姫命。
往古国津神磯津の濱より遡り給いて御舟をここへつながれ給い、高山短山のいおりに安住なし給うと申し伝わる。
(境内案内碑より抜粋)

石大神
椿大神社から車で約10分のところに、石大神と呼ばれる石灰岩の磐座がある。
古代より信仰の対象となっており、敏達天皇がご行幸されたという言い伝えがあるという。

尚、附近は採石場となっている。
実に寂しい限り・・・。

次回は、もうひとつの伊勢國一之宮へ。

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