豊受大神宮(伊勢神宮 外宮) 表参道~御正殿

豊受大神宮(外宮) その1
(伊勢市豊川町御鎮座)


表参道火除橋
伊勢神宮(正式には「神宮」)は、宇治の五十鈴川上に御鎮座の皇大神宮(内宮)と、伊勢の山田原に御鎮座の豊受大神宮(外宮)の総称で、古くは伊勢太神宮と称していた。
両大神宮には、別宮、摂社、末社、所管社あわせて計125社がある。

「外宮」から先に巡る慣わしがあるので、まずはここ豊受大神宮から。

第一鳥居
創始は、雄略天皇22年(478年)、天皇の夢に天照大御神が現れ、
「自分一人では食事が安らかにできないので、丹波国の等由気大神を近くに呼び寄せるように」
と神託したので、29年7月7日、内宮に近い山田の地に豊受大御神を迎えて祀ったのに始まるという。

斎館
御祭神の豊受大御神は一般に食物を掌る女神で、古事記にて以下の通り登場している。

「神生み」
伊邪那美命(イザナミ)が火之迦具土神(カグヅチ)をお生みになったせいで、女陰を焼かれてしまって病に臥せてしまい、たぐり(嘔吐)の中から金山毘古神・金山毘賣神、屎(大便)の中から波邇夜須毘古神と波邇夜須毘賣神、尿から彌都波能賣神、苦しみの中から和久産巣日神を生み、この神の子が豐宇氣毘賣神(豊受大御神)と謂う。

「天孫降臨」
この二柱の(天照大御神の八咫鏡と思金神のこと?)は、さくくしろ、五十鈴の宮(内宮)に拜き(いつき)祭る。次に登由宇氣神(とゆうけのかみ) こは外宮の度相(わたらひ)に坐す神ぞ。

二の鳥居
また、崇神天皇の項に、
「豊鉏比賣命(とよすきいりひめ)は、伊勢の大神の宮を拜き祭りたまひき・・・」とあり、天照大御神の御杖代として、天照大御神の御神体である八咫鏡を奉斎するための遷座地を探し、各地を転々とし、御杖代を倭姫命に託し、やがて伊勢に神宮を創設した。

この地が「内宮」であり、八咫鏡を奉斎した地を「元伊勢」と呼ばれている。

御正殿
早朝の参拝だったので、参詣客もまばら。
とても厳かとした雰囲気で身が引き締まる。

二の鳥居をくぐり、神楽殿を通過すると、
ついに念願の御正殿へ。

外玉垣南御門
写真撮影可能な場所はこの辺まで。

鳥居の先は、神と対峙する場所。
無事に辿り着けたことに感謝。

参拝した後、朝日がお社を照らし始めてきた。
とても清々しい気持ち。

三ツ石
正式には「川原祓所」と呼ばれるらしく、
この場所で修祓が行われるという。

御正殿
正宮と三ツ石。
鳥居正面は蕃塀で間仕切られている。

忌火屋殿
ここはいわば神さまの厨房。
火鑽具でに鑽りだされた「忌火」で神饌が調理されている。

毎日、朝夕大御饌を奉る
「日別朝夕大御饌祭」と呼ばれる祭事がある。

御池
御正殿の向かいにある
乳白色の幽玄な雰囲気漂う御池。
かつて一本の川だったが、中世期の地震により池となってしまったらしい。

九丈殿と五丈殿

ここで外宮の摂社・末社・所管社の祭事がおこなわれるという。

御朱印



豊受大神宮 別宮(リンク)⇒http://travelog-jpn.blogspot.jp/2013/04/blog-post_6.html

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