22 June 2013

阿武隈の社 宇奈己呂和氣神社 安積国の明神大社

Location 日本, 福島県郡山市
宇奈己呂和氣神社
(福島県郡山市三穂田町八幡上ノ台76鎮座)

鳥居
郡山市南西部に坐する宇奈己呂和氣神社は、安積郡明神大社に列している古社。
本宮が鎮座する高旗山の登山口にある由緒書きによれば、本神社を「陸奥国二宮」と称している。
(一般的には会津美里町の伊佐須美神社らしい)

神橋
鳥居をくぐると神橋が架かっていて、小川が流れている。
きっと本宮が坐す高旗山から流れてきているのであろう。

拝殿
小ぢんまりとしながらも緑深い参道を進むと社殿が姿を現す。
本宮の坐す高旗山は標高968メートルの山で、山頂からは猪苗代湖、磐梯山飯豊山峰等が展望できる山。

高旗山の中腹にはかつて「高旗鉱山」として蘆名氏により開発された金山があったという。
昭和初期まで金を中心に黄銅鉱・黄鉄鉱・方鉛鉱等が採掘されていたが、やがて閉山。現在は廃墟と化しているらしい。
きっと鎮座地も多くの鉱夫達が居住していて賑わっていたのであろう。

本殿
高旗山に本神社の由緒書きがあるのだが、色褪せが激しく読み取ることが極めて困難。
よって間違いが多々あるかと思うが、要約してみようと思う。

奥州陸奥國二之宮
延喜式内明神大社 宇奈己呂和氣神社由緒
祭神:瀬織津比賣命、品陀別之命(応神天皇)

左:神楽殿  右:蠶養國神社

高旗山の山頂に瀬織津比賣命を祭神とする宇奈己呂和氣神社が鎮座していた。
宝亀庚申十一年四月五日(780年)、按察使であった藤原小黒麻呂が伊治呰麻呂の乱(宝亀の乱・・・蝦夷最大級の反乱)平定のため、下向中に本神社にて戦勝祈願したところ、御利益を得ることができた。
その後、御神託により延暦甲子三年(784年)九月十九日山崎(現在の郡山市三穂田町八幡)に社殿を造営するとともに品陀別之命(応神天皇)を合祀した。

磐境
ちなみに蝦夷最大級の反乱といわれる宝亀の乱の首謀者である伊治呰麻呂は元々蝦夷族長で、ヤマト王権に協力して上治郡大領に任ぜられた奈良時代末期の人物。
しかし同僚が呰麻呂を蝦夷出身者と侮蔑するのを恨んで反乱を起こしたのだという。

とてもこじんまりとした明神大社で、地元民に愛されているお社に感じました。

次回は安積國造のお社です♪

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