阿武隈の社 安積国造神社 郡山総鎮守

安積国造神社
(福島県郡山市清水台1-6-23鎮座)

二の鳥居
郡山で宿泊した翌朝、レンタカーを借りに向かったついでに立ち寄らさせてもらいました。
安積国造(あさかくにつこ)神社は、郡山駅西口の国道4号線と駅前通りとの交差点沿いに鎮座し、郡山の中心地にあるお社。

拝殿
本神社の御祭神は、和久産巣日神、天湯津彦命、比止禰命、誉田別命(八幡大神)、倉稲魂命(稲荷大神)。
御祭神の天湯津彦命は、邇芸速日命が天磐船に乗られて河内国河上の哮峰に天降りされた時、従われて降臨された神様で比上禰命の御祖神。

そして、比止禰命は、第十三代成務天皇五年、勅命により阿尺国造に任ぜられ、安芸国から未開の当地へ赴かれ、社稷の神として和久産巣日神、天湯津彦命を赤木山(現:郡山市赤木町)に祀られ、阿尺国を開かれたという。
※社稷(しゃしょく)とは、社(土地神を祭る祭壇)と稷(穀物の神を祭る祭壇)の総称。

尚、旧鎮座地の赤木山には大安場古墳程の規模の前方後円墳(赤木古墳)があったという。

本殿
由緒
天湯津彦命十世孫の比止禰命は、第十三代成務天皇五年、勅命により阿尺国造に任ぜられ、安芸国から当地へ赴かれた。比止禰命が、国郡の範囲を定められ、赤木山(現在の赤木町)に安積国の神として和久産巣日神(穀神)、天湯津彦命(祖神)をお祀りしたのが本神社の起源である。

阿尺国は郡山市及び旧安達田村両郡を領し、大領として位置づけられていた。
比止禰命は、未開の荒野を開かれ、田園を拓き農桑牧畜の業を奨励、善政を敷かれた。
第二十代安康天皇二年、比止禰命は赤木山のお社に合祀され、国造神社と号した。


延暦年中、坂上田村麻呂は東征の砌、国造神社に宇佐八幡大神を合祀し、軍旗と弓矢を奉納した。永承年中、源頼義東征の折、当社に戦勝祈願し「幕内」の地名を付した。
天和三年(1683年)、八幡大神が国造神社から、稲荷大神が中世安積領主伊藤摂津守城内(稲荷館)から現在の清水大の鎮座地に奉遷され、八幡宮、稲荷大明神として崇敬された。

左:信州高遠透かし灯篭  右:境内の御神木

明治五年(1872年)、赤木山に鎮座されていた国造神社は清水台の鎮座地へ奉遷され、三社を総称して安積国造神社と号した。
古来郡山の総鎮守として尊崇され、旧社格は県社に列せられた。
(参拝の栞より)

境内より郡山の中心街を眺める。

次回は、安達太良のお社です。

御朱印

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