陸奥国一宮 馬場都々古和氣神社 磐座信仰の残る古社

馬場都々古和気神社
(福島県東白川郡棚倉町大字棚倉字馬場39鎮座)

鳥居
前回の八槻都々古別神社と同様に、明神大社で陸奥国一宮、そして近津三社の一社(上宮)とされている馬場都々古和氣神社へ。
馬場都都古別神社は、太平洋戦争後、「別」から正式の表記を旧来の「和氣」に戻している。

随神門
本神社の御祭神は、味耜高彦根命で八槻都都古和気神社と同様。
鎮座地は、八槻の場合は久慈川岸にあるのに対し、本神社は神蹟地である都都古山(現:建鉾山)から棚倉城を経て、現在の馬場の地に遷座している。

山と川(土と水)の対比があり、実に興味深い。

境内
随神門をくぐると、広々とした境内が眼下に広がる。
とても手入れが行き届いていて、実に心地良い。

拝殿
本神社の創始は十二代景行天皇の御宇、日本武尊が東奥鎮撫の折、関東奥羽の味耜高彦根命を地主神として、都都古山(現在西白河郡表郷村。一名を建鉾山と称す。)に鉾を建て祀ったのが始り。
その後、平城天皇大同二年(807年)坂上田村麻呂は、伊野荘(現棚倉城趾)に奉遷、社殿奉造し日本武尊を相殿に配祀し奉り、寛永元年(1624年)棚倉築城に際し、現在の地(馬場)に遷座されたとある。


馬場都都古和気神社
延喜式神祇巻第十神名帳に、陸奥国白川郡名神大一座「都都古和氣神社」とある御社で、凡そ二千年前、人皇十二代景行天皇御宇、日本武尊が東奥鎮撫の折、関東奥羽の味耜高彦根命を地主神として、都都古山(現在西白河郡表郷村。一名を建鉾山と称す。)に鉾を建て御親祭せられたのが創始であり、古代祭祀場たる磐境である事が立証されている。(大場磐雄・亀井正道両博士による。)
人皇五十一代平城天皇大同二年(807)坂上田村麻呂は、伊野荘(現棚倉城趾)に奉遷、社殿奉造し日本武尊を相殿に配祀し奉る。寛永元年(一六二四年)丹羽五郎左衛門長重公は、幕命により棚倉築城に際し、現在の地(馬場)に景勝の替地を奉り、更に社領を添加し、旧社殿を解体移築の上、同二年遷宮し奉る。

本殿
神位、神階等奉授については、仁明天皇・清和天皇・陽成天皇・御冷泉天皇等各御宇に行なわれている。造営、神領寄進等は、坂上田村麻呂・源頼義・源義家等をはじめ、足利義満・白河城主・豊臣秀吉等、作事奉行を定め奉造の事が伝えられ、現本殿は、文禄年間(一五九二~一五九五)秀吉の命により、佐竹義宣の奉造にかかるもので、桃山時代の手法がよく出ている。
中世、天災や兵火によって社殿焼亡又は大破した事もあるが、その時毎に、直ちに造営せられている。

当神社は、平安中期から久慈川、社川、阿武隈川流域の人々の絶大なる信仰の対象であった。北郷二十四ヶ村に亘った神領地も其の一証である。
徳川幕府は代々、先規により神領朱印状を奉っていた。
明治四年太政官達し、同六年三月七日、国幣中社に列格。
(都都古和気神社 栞より)

本殿奥への参道
さて、本殿裏手の石段を登りきると丘の頂上に上がることができる。
社叢に囲まれているせいか、眺望はないが『山の神』に因んだ末社が多く奉られている。
金刀比羅神社、日枝神社、そして遷座された時期が影響してなのか、東照宮も祀られている。

本殿奥の末社群
この馬場都々古和氣神社には奥の院があるらしく、現在の建鉾山祭祀遺跡の東麓に坐しており、馬場へ遷座後も、明治初期まで馬場より奥の院のこの神域に御神幸と称する古式に則る行列神事が行われていたという。
また、御神体山である建鉾山はかつて神霊地として禁足地だったらしいが、現在は頂上まで登ることができるという。

飯豊姫神社石碑
伝説によれば日本武尊が東征の際、この山頂に鉾を建てて神を奉斎したとされる。神蹟地として、今も頂上標高403mに建鉾石と称する巨岩があり、傍に小祠を安置している。この古事にちなみ毎年6月に山頂に梵天を奉納する祭事が今も続けられている。
安政3年(1856)の古図には北面の巨岩下を御宝前と記し人々が立ち入れない神霊地とされていた。昭和33年偶然の機会に遺跡、出土品が発見され翌年5月、國學院大学により第一次調査が進められた。

馬場都々古和氣神社境内にある磐座
既に祭祀遺跡の中心部は破壊されていたが、発見された遺物の量は誠に膨大なもので、擬鏡、勾玉、剣型品、鎌、刀子、斧頭、有孔円板、小玉等の石製模造品、その他鉄鉾、青銅製擬鏡、鉄刀、鉄剣の金属製品、土師器、壺、高杯等がある。 棚倉町馬場の神社の元の鎮座地との伝承をもつ古代祭祀遺跡としての建鉾山は典型的な神奈備山の山容であり山頂山腹に珪岩質の母岩が露呈して、神の降臨するに相応しい磐座、石神である。
(建鉾山祭祀遺跡紹介より)

美しい境内
古代の祭祀場、磐座信仰から発展していった本神社は、熊野信仰で世俗的に発展してきた八槻都々古別神社とは対照的。
再び白河の地を踏むことができたならば、必ず本神社の奥の院~建鉾山に登ってみたいな、と強く思った次第であります。

次回は、正に聖域な地です☆

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