阿武隈の社 隠津島神社 木幡山に坐する「海神」の社

隠津島神社
(福島県二本松市木幡字治家49鎮座)

阿武隈高地を縦断する阿武隈川
隠津島神社は二本松市東部の木幡山に鎮座する社で、木幡山麓から全域が神域となっている。
阿武隈川を東に渡って、丘陵地帯を縫うように走ると、木幡の集落が。

『隠津島神社』と書かれた手製の看板が数100メートル沿いに立っており、標識を信じて(!?)進んでいくと本殿脇の駐車場に到着することができる。
(ちなみに、カーナビでは表示されなかったのでご注意を)

一の鳥居
文政元年(1818年)に建立された木製の鳥居。
平成24年4月3日の暴風により、一の鳥居脇にあった「大松」は倒壊して既になくなっていた。
残念。

参拝日には丁度例大祭が開催されていた。
遥拝殿周辺では祭で多くの人々が集まり始めていて、御朱印を頂く際にも、
「時間があったら、御祭りの見学されてください」
と、お声をかけてもらった。

木幡山
写真中央の円錐形をした山が本神社の神域でもある木幡山。
八合目の位置に隠津島神社が鎮座している。
木幡山は古くから神霊の籠る山として「御山」とも称され信仰の対象とされたという。

参道
駐車場は例大祭のせいか、多くの自動車が停まっていた。
何とか駐車スペースを確保していざ木幡山登山開始。

左:門神社(旧本殿)  右:木幡の大杉

参道途中には旧本殿だった門神社がどっしりと構えている。

門神社(旧本殿)
御祭神:天石門別神
隠津島神社の旧本殿で、貞享三年(1686年)本宮再建に際して当地に移したもの。

門神社脇には樹高20メートルにも及び『木幡の大杉』が根を張っている。
樹齢800年の古木で国指定天然記念物だが、幹内の腐食がすすみ支柱が取り付けられてる。


三重塔
門神社からさらに奥に進んでいくと、本殿に向かう石段、そしてその手前には三重塔が。
三重塔は室町時代文明四年(1472年)に建立されたが、天正年間伊達正宗の兵火によって全山炎上した際、三重塔だけが残った。
延宝二年(1674年)、二本松藩主丹羽光重公により修復されたが、明治35年の大暴風のため第一層を残して倒壊し大修理したものが現存している。

医薬神社

さらに本殿に向かう階段脇には医薬神社(恐らく神仏習合時代の薬師堂)が坐している。
実に神仏混淆の名残が色濃く残っている社域である。

社殿へ向かう趣深い参道
本神社の御祭神は宗像三女神(隠津島姫命(市杵嶋姫命)、田心姫命、湍津姫命)を祀っている。
平城天皇の勅願により弁天宮と称し、その後「木幡の弁天様」と呼ばれていた。
明治時代に入ると神仏分離により厳島神社と称し、明治35年に現在の隠津島神社と改めるようになった。
こんな山奥なのに、何故「海の神」を祀るのだろう?
丈部継足の先祖で安積国造神社の祭神でもある比止禰命の出生が安芸国出身であることが関係しているのだろうか??
(安芸地方の入植者達が蝦夷討伐の際、安積地方を開拓したのか??)

(参考として以下リンク⇒穂高神社

参道を駆け上がる宮司さん一行
神紋は『×』
二本松藩藩主である丹羽氏の定紋である。

隠津島神社
創立者 安積国造丈部継足
祭神 隠津島姫命(市杵嶋姫命)、田心姫命、湍津姫命

拝殿
由緒
当神社は神護景雲三年(769年)、安積国造丈部継足の三男継宣を社司と定めて木幡山中に隠津島神社を勧請されたのが起源。
大同年間(806年)には平城天皇の勅願によって弁天堂が建てられ、神仏混淆の社となり、後世には木幡の弁天様と呼ばれ庶民に親しまれるようになった。

天正十三年(1585年)伊達正宗の兵火により全山炎上、本社・末社悉く焼土となりしも藩主や庶民の信仰篤く再建された。

明治に至っては初年の神仏分離令によって別当治陸寺を廃し、厳島神社と称し、明治35年神社名を復旧、隠津島神社と改称、明治40年県社に列した。

左:拝殿  右:本殿

彫刻が精巧で実に趣き深い社殿。
二本松藩主丹羽長貴公の命により、寛政元年(1789年)造営開始。
拝殿は寛政六年(1794年)五月竣功、本殿は寛政十二年(1800年)四月に竣功となり遷宮を行った。様式は流造。
本殿脇の巨石が気になっていたが、例祭の最中で静寂に包まれていたので、遠目で静かに参拝させて頂きました。

遠く吾妻の山々を望む
ところで、参道を登ろうとしたときに初老の男性から・・・
「どちらから来たのですか?」
と私に声をかけてくれた。
「東京(実際は浦和ですが)からです」と答えると、
「この神社は山の中なのに、海の神さまを祀っている神社なんですよ」
とか、神社及びその周辺について色々と教えてくれた。

遥拝殿
地元の町内会長さんなのかな?と思っていたら、その方から名刺を頂いて見てみると・・・。

『二本松市長 三保恵一』

あいやー、Mayorさんだったのですねー。
例大祭出席でお忙しいにもかかわらず、優しくお声をかけて頂き、ありがとうございました!

参道は実に緑深く、境内全体の雰囲気も神社独特の圧迫感もなく、本当に心地良い。
時間の制約がなければ、長い時間をかけてゆっくりと参拝したいな、と強く感じたお社でした。

次回は、別格官幣社です♪

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