16 July 2013

阿武隈の社 明神大社 大高山神社の白鳥伝説

Location 日本, 宮城県柴田郡大河原町金ケ瀬神山
大高山神社
(宮城県柴田郡大河原町金ヶ瀬字神山45番地鎮座)

亘理町に坐する延喜式内社三社参拝の後、阿武隈川水系の白石川を西へ進む。
(亘理の鹿島社などは後程・・・)
道中、金蛇水神社などの有名なお社があったが、時間の都合で参拝できず、まっすぐ明神大社の古社・大高山神社へ向かった。
本神社は、日本武尊と、聖徳太子の父である橘豊日尊(用明帝)を主祭神として祀る社で、敏達天皇が即位した敏達元年(571年)に創建されたという。

社殿
大高山神社(延喜式内社)
江戸期まで柴田郡総鎮守として崇められた当社は、敏達天皇が即位した敏達元年(571年)に日本武尊を祭神とし創建、後に推古天皇御代、聖徳太子の父橘豊日尊(用明帝)も合祀された。
承和9年(842年)従五位の下から従五位に昇叙。

左大臣藤原忠平がまとめた延喜式には、国から貢物を受ける。
全国285社の一社となり、明治五年(1872)には郷社となる。
本殿は江戸中期の建物で、施設内には国重要文化財鰐口(1293銘)、文治年間(1185~1189)藤原忠衡寄進の鉄九輪搭、江戸期の絵馬など貴重な文化財を多く所蔵する。
(以上、境内案内板より)

本殿
ちなみに、大高山神社の「大高」は白鳥信仰から由来したもので、「白鷹」から「大鷹」に訛ったものだという。

大高山神社の白鳥伝承は以下の通りです。

梵鐘
橘豊日尊は、第29代欽明天皇の皇子で、勅命を受けて東国巡幸の旅に出ていて、約三年間の滞在時に赤坂長者の娘である玉倚姫と恋に落ちた。

姫はある日、白鳥が飛んできて胎内に入る夢を見た後、まもなく皇子が生まれた。

しかし、尊は、入国以来白鳥を神と崇めて祈願した賜物と喜ばれたが、都より帰還の命を受けてしまい、尊は「三年後には必ず迎えの使者を使わすから・・・」と、姫を説得して帰られた。

左:鉄九輪搭(文治年間・平安末期の作品) 右:扁額

三年を経過しても使者は来ず、やがて姫は病に臥してしまった。
乳母は悲嘆にくれる姫を見るに偲びず、皇子を抱いて河畔に出て、

「姫は今、尊を思い煩い、命を落とそうとしています。
あなたは神様の化身だから、母上の身代わりになって、父君を呼び戻してください。」

と祈り、皇子を川の中に投じてしまった。

すると、皇子は白鳥となって深谷の鳥越の里から大和目指して飛び立ったと伝えられ、やがて訃報が尊の耳に届き、姫のために立派な墓を建てて弔ったところ、日夜悲鳴していた白鳥が飛び上がり空中を旋回したとさ。

刈田嶺神社(明神大社)の「白鳥信仰」は、日本武尊に因んだ伝承に纏わるお話であるのに対し、ここ大高山神社の「白鳥信仰」は、橘豊日尊の東国巡幸に纏わるお話なのが興味深い。

共通点はヤマトよりやってきた日本武尊や橘豊日尊といった征服者との間に身籠った子供を川に投げ捨てて祟りがおこったという点。

白鳥は飛来鳥であり、季節によって場所を転々としているといった点などが関係しているのか、または、西からやってきた入植者達を大切にせよ、という戒めのお話なのかは分からないが、要はそんな所から創出されてきた伝承なのであろう。

桜の花びらの絨毯が敷き詰められた石祠が何とも風流ですね。

次回は『日本三稲荷』と謳われている社です。

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