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Showing posts from August, 2013

紀州熊野を巡る 紀伊勝浦港の夕暮れ

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夕暮れの那智勝浦。 平日だったせいか、とても寂しい雰囲気・・・。
せっかく勝浦漁港近くにいるので、地元の料理屋でご飯を食べることに。
まぐろの心臓と胃
なかなか食べれないまぐろの心臓と胃をはじめとして、 マグロ丼など食してみた。 特にまぐろの心臓や胃は酒の肴にぴったりで、珍味で美味しかった~。
勝浦湾にあるホテルへ向かう。
湾内には鯨の船や・・・
亀さんの形をした船などがお出迎え。 (この船に乗ってホテルへ向かいました)
ホテルの部屋からみた『那智山』 とてもキレイな夕暮れでした。
宿泊したホテル浦島は、いかにも『昭和』的リゾートホテル。 温泉の泉質もよく、とても寛ぐことができましたー☆
次回は、いよいよ熊野三山です♪

戸隠山に挑む (2) 超難所 蟻の搭渡りから山頂へ

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前回リンク→ http://travelog-jpn.blogspot.jp/2013/08/blog-post_24.html(戸隠三社~戸隠山胸突岩まで)

まずは戸隠メモ。
戸隠山は平安時代より修行の場となっていた険峰。
室町時代には『戸隠三十三窟』として成立し、修験者達は山中にある33の洞窟を巡礼していたと思われます。
現在もいくつかの窟が現存しており、遠くから見ても窟の存在が確認できますよ。

9:35 蟻の搭渡~剱の刃渡

さて、胸突岩を登りきり最後の鎖場を越えると、その先には幅50cm程度のナイフリッジが待ち構えていた。
切り立った両側は高低差150メートル以上の絶壁!!(戸隠連峰ガイドマップより)

ここが難所 『蟻の搭渡り~剱の刃渡り』です。

おそるおそる渡ろうとすると、誰かが落した落石の音が・・・

『ゴロン、ゴローン、ゴローーン・・・』

と、沢全体に響きわたった。

止むことのない落石の音を聞いてしまい、
半端ない程の高低差なんだな・・・
と思った瞬間、身体が急に動かなくなってしまった。

さらに、ナイフリッジ(すなわち登山道)の真上にはなんと、猿のウ○チが乗っかっていた。
私達の後ろのパーティーの方はズボンにウ○チを擦りつけてしまっていました(笑)

エスケープルートはあるものの、長く垂直に近い鎖場を降りて、脆い岩質につま先が僅かに乗る程度の崖をトラバースしなければならず、どちらも危険・・・。
(協会の方に聞いたところ、先日の滑落死亡事故はエスケープルートを使用して滑落したらしい)

もし一回でもミスをしたら、間違いなく墜落~即死です。

勇気を振り絞ってやっとこさ、蟻の搭渡を通過したら、またもや難関、『剱の刃渡』が・・・。
ここは距離こそ短いものの、何と最小幅が僅か15cmのナイフリッジ!
私は跨いで渡らずに身体を岩にホールドさせて、尾根脇にある僅かな足場を頼りにカニのように進みました・・・。


何とか無事に通過成功、とにかくパートナーの励ましのお蔭でした。
尚、渡った後はしばらく放心状態で、身動きが取れませんでした(苦笑)

蟻の徒も 手を引渡る山の背を
ためらひたどる 身こそ寒けれ (戸隠一首)

ガイドマップには北アルプスとの比較が。

事故の場合、北アルプスの場合は・・・
「転落、滑落。軽傷、重傷で助かることも多い。」

これに対し、戸隠連峰の場合は・・・
「墜落。したがっ…

戸隠山に挑む (1) 戸隠三社から胸突岩まで

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熊野詣の途中ですが、夏休みの登山について少々・・・。

戸隠山は北信五山のひとつで、通称『表山』と言われている。
天の岩戸伝説があるように、一枚の屏風岩が突き刺さったような特徴的な山容、そして古くから行者(修行僧)が山中の窟に籠って修行していた修験の峰。

今回は、戸隠三社(宝光社、中社、奥社)を巡った後に入山し、戸隠連峰を縦走して、一不動から下山するという『戸隠修験道』の極みを行く(?)コースで登山してみました。

5:30 戸隠神社 宝光社

戸隠神社宝光社近くの宿坊に前泊し、朝5時すぎに出発。
宝光社から中社までの『神道』は、鳥のさえずりが森の中で響き渡っていてとても心地良かった。

6:10 戸隠神社 中社

宝光社に続いて中社へ参拝。

6:55 戸隠神社奥社 随神門

中社から越水が原を越えて奥社へ。

奥社といえば、随神門と大杉の参道。
瑞々しい朝日が木々の間から差していて、とても神々しくみえます。
ちなみにお盆期間でしたが、参拝客が少なくてとても静か・・・早起きは三文の得ですね。

戸隠神社の詳細は、後日たっぷりとー☆

7:40 登山道入口

お社でゆっくり参拝して、心を鎮めて登山口へ。
登山口前では係員のおじさんがチェアに腰かけながら、戸隠山(蟻の搭渡り)についての説明をしていた。また、数か月前に登山事故で登山客が亡くなったからか、ヘルメットの貸出しもされていた。

登山カードに記入したのち、いよいよ修験の山~戸隠山へ入山。

登山口からいきなり急登が続く。
どの山でもそうだが、登り始めは本当にキツい・・・。

登り始めて40~50分後、ようやく樹林帯から脱出。
戸隠山の眺望が見え始めてきた。

8:50 五十間長屋~百間長屋

最初の鎖場を越えると、荒々しい岩壁が眼下に広がる。
かつての行者の修験の窟だったとされています。

「神ならで 誰か棲み得む岩殿に 渡り橋有人のかよひ路」(戸隠百首)

ちなみに、この岩壁には一本の鎖があり、10メートル程登ると、洞穴と小さな祠があったらしいです。
(私は気付きませんでしたが・・・)

百閒長屋を遠望する。
断崖直下を進んでいたのですね・・・と思っていたら、ガサガサっと音が!
またもやクマに遭遇??と思ってビクビクしていたら、野生の猿でした。

ちなみに、山中でクマに遭遇した巻はこちらです。
北アルプス 常念山脈縦走 常念岳~大天井岳(Lin…

楯ヶ崎と阿古師神社 伊勢・熊野大神が対峙する神話の地

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楯ヶ崎と阿古師神社~神武天皇漂着の地
(三重県熊野市甫母町609鎮座)

熊野街道(国道42号線)から海岸線伝いに走る国道311号線へ。
道幅が一気に狭くなり、運転を誤ったら崖の下に落ちてしまうような道が続く。
約1時間程走ると、記紀神話『荒坂の津』の舞台地とされている二木島湾に到着する。

ここ二木島は、かつて牟婁(熊野國)と阿古(伊勢國)との境で、『日本書紀』に記された神武天皇東征軍の荒坂津への上陸伝説や千畳敷で盾ヶ崎を望んで伊勢大神と熊野大神が酒盛りしたという伝説が残されている神話の地である。
また、中上健次書下ろしの衝撃的な映画『火まつり』の舞台地。

私自身としては、ある意味『熊野』の地の中で一番立ち寄りたい場所であった。

駐車場から探勝歩道(というかハイキングルート)を約30分歩くと、二木島湾へ辿り着く。
さらに進むと印象的な白い鳥居が蒼い海に向かって立っている。

神武天皇東征の際、海上で暴風雨に遭ってしまい船団は漂流。神武天皇の二番目の兄・稲飯命(稲氷命)、並びに三番目の兄・三毛入野命(御毛沼命)は入水して薨御された。
二木島の土民が両命を発見、帰港して二所に奉葬し、稲飯命の御陵を産土神として祀ったのが室古神社となり、また三毛入野命の御陵を祀ったのが阿古師神社という。

境内は蒼い海に面し、鬱蒼とした山の木々に囲まれてとても神秘的。

さて、本神社を理解するには記紀神話の知識が必要。
なので、神武天皇が熊野に上陸したお話を簡単に・・・。

天孫降臨の地、日向の高千穂峯に降り下った瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の三代目の子孫、神日本磐余彦(かむやまといわれびこ~後の神武天皇)は兄・五瀬命らと共に、国家統治の場所を東方に求めて倭国に向かった。
豊国・筑紫国・安芸国・吉備国を経て、河内国草香村(日下村)の白肩津に着き、生駒山を越えて倭(大和)に入ろうとするも、河内国を支配していた長髄彦(ながすねひこ)の軍に行く手を阻まれて、神武天皇の兄・五瀬命も戦死してしまった。

一行は紀伊の名草邑に着き、名草戸畔(なくさとべ)という紀伊の女王を誅された。
そして、熊野の神邑に至り、天磐盾(熊野速玉大社別宮:神倉神社)に登り、更に海を渡るとき暴風雨に遭い、船は波に翻弄されて進まなくなってしまった。

神武天皇の兄・稲飯命は「ああ、我が先祖は天神、母は海神であるのに、どうして我を陸に苦しめ、…