紀伊熊野を巡る 「まないたさま」 森の中に坐する原始的祭祀場

まないたさま
(三重県熊野市有馬町池川鎮座)

池川集落
花窟神社、産田神社と参拝後、一気に有馬邑の里山へ。
池川という集落から産田川の方へ山道を下っていくと、『まないたさま』と呼ばれている祭祀場があるという。

池川薬師堂
途中にある薬師堂の脇に車を停めて山道へ入る。

途中の民家脇には杖の貸し出しをしています。
地元の方々に感謝。
ここから約10分の山道です。

木々に囲まれた山道を下っていくと、大きな巨岩がデンと坐している。
いささか急な道ではあるが、岩場や崖もなく、とても心地良く歩く事ができる。

庚申像
道端に祀られていた庚申像。
脇には「左:あかくら 右:薬師堂」と書かれた道標があった。
あかくらといえば、育生町赤倉。
近くには大丹倉と呼ばれる高さ300メートルの大岩壁があり、そこはかつての修験道のメッカとされてきた聖地。
きっと、修験者達は大丹倉から山を越えて、この地で身を清めた後、産田神社や花窟へ向かっていったのであろう。
(実は大丹倉に行きたかったのですが、時間の都合のため行くことは叶いませんでした・・・)

さらにさらに山道を進むと、苔の生した巨石に囲まれて鳥居が立っていた。
ここが「まないたさま」と呼ばれる原始的祭祀場である。

まないたさま
天の真名井戸
マナイタさんとよばれ婦人病に霊験ありとて地方婦女子の信仰を集めているがマナイタ(真魚板)とこの信仰のつながりは理解出来がたい。

マナイタとは恐らくマナイト(真名井戸)の転訛で古くそこに水神が祭られていた為にこの信仰が生まれたものであろう。民俗学の面から考察すれば水神は五穀の豊穣をもたらす神で人間界では多産を約束する神でもある。

岩窟には
供え物が置かれていた
従って水神に対して子供を求め安産を願い婦人病の平癒を祈願するのは全国通じての習俗であるが水神とよばずマナイタの古語が残っている所に時代の古さが偲ばれる。

例えば古事記、日本書紀の天の真名井、紀北丹生津姫神社の真名井、熊野本宮山の真名井等いづれもその例で祭祀に先立ってまず水コリをとり行を修する神聖な場所であった。

今この附近の字を「垢離掻場」と称しているのはその証拠で恐らくは産田神社に関する古い遺跡であろう。
(掲示板より)

『垢離掻場』とは「こりかきば」と読み、水で身体を清めて穢れを流し落す場所のことで、水垢離(みずこり)と同じ意味。
また、イザナミが火神カグツチを産んで亡くなった場所とされている産田神社に関する遺跡だったとされていることであるならば、この地が「黄泉の国」「根の国」の境だったのかな?と、ふと妄想。

祭祀場から少し奥に入ると産田川の源流となる滝が岩の割れ目から流れている。
穢れを洗い落し、安産の神として祀られている水神さまが今にも姿を現しそうな程に幻想的で神聖な雰囲気。

世俗に惑わされていない原始的な祭祀場である「まないたさま」は、熊野地方古来の自然崇拝を今に残す異次元空間のように感じた。

熊野の町並み
「まないたさま」から市街地へ戻る途中から見えた景色。
鬼ヶ城や猪ノ鼻、そして熊野の町並みが一望できる絶景ポイントです♪

次回は、熊野の神髄!ともいえる自然信仰の社です。

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