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Showing posts from September, 2013

熊野古道を行く 温峯王子と大日越、そして大齎原へ

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名湯・湯の峯温泉で旅の疲れを癒した後、いよいよ熊野本宮大社へ。
折角那智からここまで歩いてきたのだから、今回も熊野古道 大日越を経由して入山することにした。

これまでの道程
熊野古道 大雲取越 熊野那智大社~地蔵小屋
熊野古道 大雲取越 地蔵小屋~円座石~小口
熊野古道 中辺路 小雲取越
熊野古道 請川~川湯温泉~湯の峯温泉

湯の峯温泉は日本最古の自噴泉といわれ、今から1800年前の第十三代成務天皇の御代に、熊野国造大阿刀足尼によって発見され、熊野信仰と深く関わりながら熊野詣での湯垢離場として歴史を重ねてきた聖地であり、世界遺産にも登録されている。
温泉街を流れる湯の谷川は常に温かく、10日間程日照りが続くと、川の水が熱くなるという程で、ボーリング工事をしていない珍しい温泉。

かつては東光寺本堂脇に王子権現(湯峯王子)が並んでいて、その下に宮ノ湯、男湯、女湯、留湯が並び、川岸には非人湯もあったらしい。

ちなみに、湯の峯の語源は伝承によると、昔裸形上人が、東光寺本尊像の胸の小穴から湯が湧き出ているのを見て「湯の胸」と呼ぶようになり、それが鈍って現在の「湯の峯」に至ったとされている。

左:つぼ湯 右:玄峰搭と東光寺
左はつぼ湯と呼ばれる名湯で、日に何度か湯の色を変える事から『七色の湯』と呼ばれている。
説経「をぐり」で地獄に堕ち餓鬼阿弥にされた小栗判官がこの湯で蘇生したという伝承が有名。
「をぐり」についての詳細は以下リンクをご参照下さい。
⇒外部リンク 小栗判官伝説 (熊野本宮観光協会)

因みに600年程前のお話ですが、「死と再生の地=浄土の地 熊野」の側面を垣間見ることができます。

右は、慶應二年湯の峯で生まれた玄峰老師を祀る塔。
玄峰老師は盲目の和尚で、80歳のとき終戦の玉音放送にあたり「耐え難きを耐え忍び難きを忍び」の文言を進言し、新憲法下における天皇の位置づけについて「象徴」の言葉を助言したとされる人物。

駆け足で湯の峯温泉の史跡巡りを済ませて、熊野古道 大日越の登山道に向かう。
大日越は、かつて修験者・僧・神官など限られた人が祭礼の時に通る特別な道だったという。

登山道から少し登ったところに湯峯王子社跡が鎮座している。

世界遺産 湯峯王子社跡
湯峯は熊野本宮大社とゆかりが深い温泉で約1.8キロの「大日越」で結ばれている。天仁二年(1109年11月1日に三山参詣を…

熊野古道を行く 請川~湯の峯温泉 & カラス蛇の民話

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前回リンク 熊野古道 小雲取越
http://travelog-jpn.blogspot.jp/2013/09/blog-post_21.html

小口から請川までの熊野古道小雲取越を完歩した後、 バス便の時間が合わなかったので
徒歩で湯の峯温泉へ向かうことにした。
アスファルトの道は太陽の照り返しがキツく、固い路面のせいで膝が痛くなる・・・。 そんな折れそうな心を癒してくれるのは熊野の大自然。
熊野川支流の大塔川は青くてとても神秘的。 山から吹き降りる風が冷たく、
とても心地良い。
まるで置石みたいな不思議な巨石。
水面はとてもキレイ!
川湯温泉に到着。
観光客は殆どいない。 ましてや、大きなリュックを背負って歩いている者など我々しかいない・・・。
川湯温泉といえば、仙人風呂! 河原を掘れば源泉が湧き出すなんて何て贅沢な温泉地なのでしょう。 仙人風呂に浸かってみたいという衝動を抑えて、川をさらに遡る。
吊り橋を超えて・・・
隧道も越えて・・・
山間の道も越えて・・・
ちなみに、写真正面の山は大日山。 翌日「大日越」をして、熊野本宮大社に詣でる予定。
湯の峯温泉の道標を発見。
ようやく下湯川の集落に到着! ・・・長かったぁ(涙)

さて、下湯川には以下の民話がある。
江戸時代の頃、越前国から湯峯にやって来た庄助一族は、「木地の平(下湯川)」に住み、湯の峯温泉から湯を引いて、宝永四年(1707)に温泉水路が完成した。 その水路おかげで田圃は「湯がかりの田」と呼ばれ、多くの収穫に恵まれた。
功を成した庄助一族だったが、突然田を水路を村に寄進して越前国に帰ってしまった。 理由は、一族がハンセン病の血筋のせいで差別を受けてしまい、地元の娘「お百合」との恋を引き裂かれてしまったからだという。 そして、悲しみにくれた「お百合」は近くの東条の淵に投身自殺してしまった。
「お百合」の死後、田圃にたくさんの蛇が出るようになり、なかでも黒いカラス蛇は人を見ると水面を這って追いかけてきて、田植すらできなくなってしまった。
これを聞いた大和の「万歳師」が祈祷を行ったところ、不思議な事に蛇の姿が見えなくなり、毎年田植の時には、『エビリサシの舞いと万歳踊り』を奉納していたという。この慣習は昭和40年代まで続いていたらしい。 (安井理夫著 小栗判官物語より要約)
ようやく本日の宿・湯の峯温泉に…

熊野古道を行く 小雲取越 小口~百間ぐら~請川

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前回リンク 熊野古道 大雲取越 石倉峠~円座石~小口
http://travelog-jpn.blogspot.jp/2013/09/blog-post_18.html

今回は前日の「大雲取越」に続き「小雲取越」に挑戦。

写真は出発地である小口集落から見た熊野の朝日。
とても幽玄で幻想的な写真が撮れました!

小口高倉神社 
AM8:00
小口自然の家脇にある小口高倉神社で旅の安全を祈願していざ出発。

本神社は、旧東村・西村・長井村の産土神で、高倉下尊を御祭神として祀っている。
もともとこの上流の渡月橋のたもと「岩鼻」に鎮座していたが、その昔大洪水に流されてこの森に流れついたのでここに祀ったという。
明治の初年までは正月十五日、元の場所で火祭りの神事が三村によって執り行われていたそうですが、今は廃れてしまったとのこと。

AM8:20
小和瀬橋
小口から小和瀬まで県道をテクテクと歩き、小和瀬橋へ。
昭和二十九年に吊り橋が開通するまでは渡船が利用されていたらしく、運賃は明治5年時点だと25文~100文(川の水位による)だったらしい。

案内板によると・・・
「小雲取越はかつて『志古の山路』と呼ばれた古道で、近世の熊野詣で那智から本宮への通路としてこの雲取越が盛んに利用されていた。
尚、平安末期から鎌倉時代にかけての上皇や女院の熊野御幸には、本宮から川下りで新宮へそして那智へ、那智から新宮へ引返し熊野川を上り本宮へ戻るのが順路で、那智から雲取越をして本宮に戻ることは少なかった。」 とのことでした。

橋を渡って、民家脇の古道入口へ。
ご近所の方に「気をつけてねー」とお声をかけて頂きました。

民家裏手から先は、ちょいとキツい傾斜の山道が続く。
山の入口は大抵急坂なもの。
ウォームアップだと思って、ゆっくり焦らず登る。

AM8:30
入口から少し急坂を登ること約10分で『尾切地蔵』に到着。
木の根の分け目に石堂が建てられ、その中に数体のお地蔵様が祀られている。
雰囲気はまるで「根の国」の入口のように感じた。

尾切地蔵を過ぎて山道をひたすら登る。
尾根道まで登れれば、美しい熊野の山々が見渡せるビューポイントが所々にあります。

AM9:45
登山口から約1時間で桜茶屋跡に到着。
ここのベンチで小休憩。
名の由来は、かつて茶屋の庭先に桜の大木があったので桜茶屋と呼ばれたとのこと。

眺…