11 September 2013

熊野三山の根源 飛瀧神社と那智大瀧の名瀑

Location 日本, 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山

青岸渡寺本堂
熊野那智大社参拝後、那智大瀧へ向かう途中で隣接する青岸渡寺へ立ち寄る。

本寺は西国三十三霊場の第一番礼所であり、開基は仁徳天皇の頃(4世紀)、インドの僧、裸形上人が那智大滝において修行を積み、この地に草庵を営んで安置したのが最初とされ、その後、修験道場のメッカとなっていった熊野信仰を代表する古刹。

補陀洛や岸打つ波は三熊野の
那智のお山にひびく滝つ瀬

朝日に染まった三重塔と那智大瀧。
往古より熊野詣に訪れた参詣客は、この美しい絶景を見て「浄土の地」だと感じたのでしょうね!

旧参道石段
青岸渡寺の先には飛瀧神社への鎌倉積みの参道石段が続く。

伏し拝み
石段を下りていくと那智大瀧の遥拝所である『伏し拝み』がある。

伏し拝み
ここは飛龍神社である那智御瀧の遥拝所である。
現今、毎年七月十四日の熊野那智大社の例大祭(扇祭、那智の火祭り)に扇立て神事を行う聖地である。
礎石は往古の建物跡であり、下方に向かう石段は鎌倉積みの石段の原形をそのままに残している。

飛瀧神社鳥居
石段が続く森を抜けると飛瀧神社の鳥居。

乳白色の鳥居をくぐった先は、正に異界の佇まい。
朝日に照らされた参道がとても美しい。

飛瀧神社は、熊野那智大社の別宮。
那智大瀧自体を御神体とする自然崇拝の社で、御祭神は大穴牟遅神(大己貴神)とされている。

熊野那智大社社伝によると、「神武天皇が熊野灘から那智の海岸『にしきうら』に上陸したとき、那智の山に光が射す峯があることに驚き、それを目指して歩くうちに那智の瀧を見つけて神(大己貴命)として祀ったことから」とあるが、恵みを与えてくれる那智川の源流である那智大瀧を、神武東征以前から熊野に住む原住民も神として奉祀したともされている。

那智の山々は美しく印象的な山容を持っており、新宮のゴトビキ岩と同様に、熊野灘のランドマークであり、豊漁・豊作を祈る御神体のように崇められ、山の谷間から時折姿を現す那智大滝を原住民は神が降臨する依り代のように感じていたのだろう。
もしくは、海上から大滝を見る見えないで、天候や釣果を予測していた、実はそっちの方が大きかったのかもしれないと思うのだが。

緑深き参道を進んだ先には、飛瀧神社の鳥居と凄まじい瀑音を立てて流れ落ちる瀑布が。
感動的・・・と言いたいところだが、滝壺周辺には平成23年に紀伊半島を襲った台風12号による災害修復工事のため、ショベルカー等の大型重機が並んでいた、残念。
しかし、高さ123メートルから降り注ぐ滝は見事なもので、瀑流により吹き付ける風もヒンヤリとしていて神的空間を感じる。

ご案内
その昔、神倭磐余彦尊(神武天皇)が、この大瀧を神と奉られ大穴牟遅神の御神体と仰がれました。後に飛龍権現と称し、今日では飛瀧神社となり、崇めて「お瀧」と申します。
高浜虚子は、この御瀧を「神にませばまことにうるはし 那智の滝」と詠じています。
大瀧は那智原始林から流れ出ている大雲取連山から流れている大川の流れがこの断崖にかかり落下して日本一の名瀑であり、世界遺産で国の名勝となっています。
那智の滝は直下123メートル、銚子口の幅は13メートル、瀧壺の賦課さは10メートル、平時の水量は毎秒約1トン程度と申します。
宇多上皇(千百余年前)をはじめ百十余度の御幸があり、花山法皇の千日山籠り、又、役行者の滝業以来、修験道の道場となりました。
(境内案内板より)

神と仏が宿る聖地であると同時に捕陀落浄土の地でもあった那智大瀧(飛瀧権現)。
滝の周辺はかつての経塚で、経典や小さい仏像が納めた筒が発見され、さらに岩壁には磨崖仏が彫られていたという。
死と再生の地、冥界の入口と謳われた熊野三山を代表する修験の地としての那智山に畏怖の念を抱く。

光ヶ峯遥拝石
本神社の境内には『光り石』と呼ばれる光ヶ峯(標高685.5メートル)を遥拝する石が祀られている。
光ヶ峯は、那智三峰(大雲取山、烏帽子山、光ヶ峯)のひとつで、那智権現が天下った山とされ、「紀伊国名所図絵」には「神光を放ちしによりて。光ヶ峯と名づけし」と記されている。
また、古くより熊野那智大社では光が峯を崇拝し、境内地にて遙拝石という形で祀っている。

参道脇に置かれていた無数のケアン。
再生の象徴である太陽の光に照らされて、とても瑞々しくみえます。

・・・と、駆け足で那智山参詣後、美滝山荘で朝食。
びっくりする程ボリューム満点で、エネルギー補給!できました。

次回はいよいよトレックマニア必見♪世界遺産 熊野古道 大雲取越に挑む!の巻です☆

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