熊野古道を行く 請川~湯の峯温泉 & カラス蛇の民話

前回リンク 熊野古道 小雲取越
http://travelog-jpn.blogspot.jp/2013/09/blog-post_21.html

小口から請川までの熊野古道小雲取越を完歩した後、
バス便の時間が合わなかったので
徒歩で湯の峯温泉へ向かうことにした。

大塔川
アスファルトの道は太陽の照り返しがキツく、固い路面のせいで膝が痛くなる・・・。
そんな折れそうな心を癒してくれるのは熊野の大自然。

熊野川支流の大塔川は青くてとても神秘的。
山から吹き降りる風が冷たく、
とても心地良い。

まるで置石みたいな不思議な巨石。

水面はとてもキレイ!

川湯温泉
川湯温泉に到着。

観光客は殆どいない。
ましてや、大きなリュックを背負って歩いている者など我々しかいない・・・。

「仙人風呂」
川湯温泉といえば、仙人風呂!
河原を掘れば源泉が湧き出すなんて何て贅沢な温泉地なのでしょう。
仙人風呂に浸かってみたいという衝動を抑えて、川をさらに遡る。

吊り橋を超えて・・・

隧道も越えて・・・

山間の道も越えて・・・

ちなみに、写真正面の山は大日山。
翌日「大日越」をして、熊野本宮大社に詣でる予定。

湯の峯温泉の道標を発見。

ようやく下湯川の集落に到着!
・・・長かったぁ(涙)

さて、下湯川には以下の民話がある。

江戸時代の頃、越前国から湯峯にやって来た庄助一族は、「木地の平(下湯川)」に住み、湯の峯温泉から湯を引いて、宝永四年(1707)に温泉水路が完成した。
その水路おかげで田圃は「湯がかりの田」と呼ばれ、多くの収穫に恵まれた。

功を成した庄助一族だったが、突然田を水路を村に寄進して越前国に帰ってしまった。
理由は、一族がハンセン病の血筋のせいで差別を受けてしまい、地元の娘「お百合」との恋を引き裂かれてしまったからだという。
そして、悲しみにくれた「お百合」は近くの東条の淵に投身自殺してしまった。

「お百合」の死後、田圃にたくさんの蛇が出るようになり、なかでも黒いカラス蛇は人を見ると水面を這って追いかけてきて、田植すらできなくなってしまった。

これを聞いた大和の「万歳師」が祈祷を行ったところ、不思議な事に蛇の姿が見えなくなり、毎年田植の時には、『エビリサシの舞いと万歳踊り』を奉納していたという。この慣習は昭和40年代まで続いていたらしい。
(安井理夫著 小栗判官物語より要約)

ようやく本日の宿・湯の峯温泉に到着!

ここ湯の峯は熊野詣の中心地で「湯垢離」の場という性格がある一方、皮膚病を代表する温泉治療の場としての性格もあり、全国から多くのハンセン病患者がやってきていたという。

請川から休憩込みで約1時間半の道程でしたが、大雲取越の7~8時間の山行よりキツかった印象しか残っていません・・・。

次回は湯の峯温泉と最後の熊野古道大日越です☆


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