7 September 2013

熊野三山 熊野那智大社と美しい御来光

Location 日本, 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山
熊野那智大社
(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1鎮座)

紀伊勝浦から望む那智妙法山
新宮~熊野~楯ヶ崎方面を巡った後、紀州勝浦駅発の最終バスで那智山に入山。
美滝山荘に一泊したのち、熊野古道大雲取越に臨むので、出発前に巡礼の安全を祈願するため参拝しました。
ちなみに、名勝・大門坂は小生が着いた頃には夕闇に包まれており、残念ながら登拝できませんでした。

夜明け前(6時前)に宿を離れて参道へ。
当然参道を歩いている者など誰もいない。

第一鳥居
少し長い坂道を登っていくとようやく第一鳥居が。

熊野那智大社は、熊野三山のうちの一社で、主祭神は熊野夫須美(結)大神(伊弉冉尊・イザナミ)を祀っており、一時期「結宮」とも称していた。(熊野本宮大社は家津御子大神、速玉大社は熊野速玉大神)
しかし、本神社の元来の祭神は那智大滝であり、本神社は大滝を遥拝する自然崇拝の社。
境内からも瀑布の音がかすかに聞こえてくる。
また、本神社は飛瀧神社(那智大滝)の祭神である大己貴命を祀っていることから、他二社より一柱多い十三権現を祀っている。(熊野速玉大社、本宮大社は十二権現)

神橋
そして、熊野那智大社といえば、那智の火祭り(扇祭)。
仁徳天皇五年(317)に那智大滝から現在地に遷座したが、年に一度神様が元宮である那智大滝に還る神事で、巨大な松明の火を担いだ祈願者が石段を駆け上がる姿は勇壮。

急坂を駆け下る熊野速玉大社(神倉神社)の御燈祭りは対照的ですね。

第二鳥居
本神社の創建は、「神武天皇が熊野灘から那智の海岸『にしきうら』に上陸したとき、那智の山に光が射す峯があることに驚き、それを目指して歩くうちに那智の瀧を見つけて神(大己貴命)として祀ったことから」とあるが、恵みを与えてくれる那智川の源流である那智大瀧を、神武東征以前から熊野に住む原住民も神として奉祀したともされている。

日の出前の境内
鳥居をくぐると、日の出前からなのか境内は薄暗い。
拝殿前の護摩壇の炎がとてもよく見える。

一番上の写真にあるように、那智の山々は美しく印象的な山容を持っており、新宮のゴトビキ岩と同様に、熊野灘のランドマークであり、豊漁・豊作を祈る御神体のように崇められ、山の谷間から時折姿を現す那智大滝を原住民は神が降臨する依り代のように感じていたのだろう。

もしくは、海上から大滝を見る見えないで、天候や釣果を予測していた、実はそっちの方が大きかったのかも?(持論)

拝殿
熊野那智大社
御祭神
第一殿 滝宮  大巳貴神 (大国主神)
第二殿 証誠殿 家都御子神 (素戔嗚尊)
第三殿 中御前 御子速玉神 (伊弉諾尊)
第四殿 西御前 熊野夫須美神 (伊弉冉尊)
第五殿 若宮  天照大神
第六殿 八社殿 天神地祇八神
社殿は東西横一列に配された第一殿から第五殿と、第五殿の正南方に並ぶ第六殿・御縣彦社からなる。各社殿は瑞垣で仕切られており、各社殿の正面には鈴門が置かれている。

左:第六殿 右:鈴門

御由緒
紀伊半島の東南を古来熊野という。熊野とは奥深い処、隈るとも申しそこは神秘性のある所、即ち神々の住まえる所であり、あこがれの土地として尊んだ処である。往古神武天皇が御東征の折、この地に上陸され、那智の滝に大巳貴神を祀り八咫烏の案内で山々を越えて大和に入られたのであります。
仁徳天皇五年那智の滝より社殿をこの地に遷し、夫須美大神を祀られたのが「熊野那智大社」の起りです。後に仏教、修験道の隆盛と共に熊野権現として崇められ上皇、女院、武将や庶民の参拝が増し継続として詣でる様子を「蟻の熊野詣」と称しました。

八咫烏の像
御社殿は熊野造りと申し、現在の建物は豊臣の世に再興し享保・嘉永の大改修を経て昭和十年の御修復で、平成七年国指定文化財となっています。
社前には後白河上皇御手植と伝える枝垂れ桜や平重盛の手植と申す大楠、八咫烏にまつはる烏石等があります。

新宮市の熊野速玉大社、本宮町の熊野本宮大社と共に熊野三山の一社で、全国約四千社と云われる熊野神社の御本社でもあり、日本第一大霊験所根本熊野三所権現として崇敬の篤い社であります。
(御由緒より)

新宮鎮座の熊野速玉大社(ゴトビキ岩)には、プリミティブな熊野信仰の原点を感じるのに対し、那智大社(那智大滝)の場合には、仏教色が色濃く残る修験の聖地であるように感じる。

仁徳天皇の時代にインドから熊野の海岸に漂着した裸形上人によって開山された「南海補陀落の浄土の山」として知られ、(補陀落渡海という渡海船による捨身行もあったという。)妙法山には応照上人が我が身を焼き諸仏に供養した「日本国最初の焼身」と伝える火定跡がある『那智山』は、修験者などの集まる「死と再生」による救済の浄土としての霊場であり、冥界への入口であった。

仏の世界はいまひとつ理解できないが、神仏習合した修験地としての熊野の原点はここ那智山なのであろう。

樟霊社
拝殿脇には平重盛が手植えした大楠がデンと根を張って立っている。
樟霊社
樹齢八百年を超える大樟。平重盛が参詣の際、手植したものと伝えられる。
樹高は27メートル、幹回り約8.5メートル、枝張は南北25メートルもある。
老樟の根幹部は空洞となっており、初穂料を納めれば胎内くぐりができる。

那智大社からの御来光
境内を参拝していると、空が紅く染まり、那智三山のひとつ光が峯の尾根沿いから見事なご来光が。(那智三山とは妙法山、光ヶ峰、烏帽子山の三山をいう)
これから挑む雲取越の安全を祈願し、手を合わせて拝んだ。

陽で赤く染まった那智山の美しい景色にうっとり・・・。

次回は、熊野那智大社の原点~那智大滝(飛瀧神社)です。




No comments:

Post a Comment