14 October 2013

紀州熊野を巡る 神島と南方熊楠

Location 日本
神島(和歌山県田辺市)

田辺湾
田辺市鎮座の鬪雞神社へ参拝後、余った時間を利用して田辺港へ。
湾内には大小様々な島があるが、その中に『神島』と呼ばれる無人島がある。
古くから神の島と信じられ、今でも事前の許可なくして上陸禁止となっている。

この神の島。
明治末期に起った神社合祀により、島内の森林が伐採される危機があり、これに怒った田辺在住の生物学者で、粘菌の世界的権威であり、かつ民俗学者の南方熊楠は猛烈な反対運動を行い、結果保存されることとなった。


南方熊楠と神島との話はこれだけにとどまらない。
1929年、昭和天皇が田辺湾沖合いの神島に訪問した際、熊楠は粘菌や海中生物についての御前講義を行ない、最後に粘菌標本を天皇に進献した。

その箱は何とキャラメルの空箱!
当時の天皇は現人神として崇められており、あの昭和天皇も「あのキャラメル箱の衝撃は忘れられない」と語ったという。

南方熊楠邸
進献できたことに感激した熊楠は
南方熊楠 
「一枝もこころして吹け沖つ風 わが天皇(すめらぎ)のめてましし森そ」
と詠み、それから33年後の昭和37年の行幸で、昭和天皇が神島を望み、熊楠を懐かしんで次の歌を詠まれた。
昭和天皇 
「雨にけふる神島を見て紀伊の國の生みし南方熊楠を思ふ」

木の国~紀州の巨樹を必死に守った南方熊楠は言ってみれば紀州の地霊。

紀州の地霊と現人神である天皇との和合は、記紀神話にて神武天皇が紀州の女王・名草戸畔を滅ぼして制圧したことに始まる『抑圧された歴史』を考えると、新たな時代の到来を告げる象徴的な神事だったにように思う。

磯間浦安神社
ところで、明治末期に行われた『神社合祀運動』により、全国の数多くの神社が取り壊され、鎮守の森として保護されていた木々は伐採され、樹齢の古い御神木は高値で売買された。特に熊野地方の神社合祀は凄まじく、熊野古道の王子社をはじめ数多くのお社、アミニズム信仰の社等が取り壊されてしまった。

その中、南方熊楠は神社、ひいては祭礼習俗を守るために神社合祀の反対運動を行ったものの、多くの王子社が合祀されてしまった。
しかし、ここ神島や継桜王子の野中の一本杉、那智原始林をはじめ世界遺産~熊野古道に保存された社叢は熊楠の功績であるといっても過言でないらしい。
(彼の破天荒な人生はとてもとてもおもしろいのですが、あまりにエピソードが多いので省略します・・・)

*ちなみに、南方熊楠について分かり易く書かれた本は、水木しげる著の『猫楠』というマンガがお薦めです。



熊野は実に奥が深く、熊野信仰だけでなく神と仏、自然信仰と浄土信仰、岩神と水神、中上健次の世界と世界遺産の世界、隠國、根の国、紀(木)の国、再生の地・・・と、正にカオスな世界感。

今回の巡礼は僅か5日の滞在だったため、先っ面を舐めた程度でしか熊野を感じとることしかできなかったし、掴みどころのない混沌とした世界にただ翻弄されていただけだったと思う。

しかし、この巡礼をきっかけに紀国についてより深く知りたい欲求は深まるばかり。

一日も早く熊野の地を再訪できるよう願っております。


2 comments:

  1. はじめまして^^
    神島・・・神々しいところですね。

    熊野も懐かしいです。
    いつか古道を歩きたいとっずっと憧れつつ、バスの旅しかできませんでした。
    ドッキリ混浴の河原湯に入ったり、南紀の素敵な特急列車に乗って(名前は忘れてしまいました)食べた、めはり寿司の美味しかったこと・・・太地では珍しい古代がえりのクジラさんをみました。

    懐かしくて、ついコメントしてしまいました。
    素敵な記事をありがとうございます。両方応援ポチしていきますね^^☆彡

    神島、いつか是非行ってみたいです^^
    美雨

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  2. 美雨さま>
    コメントありがとうございました!
    今回の紀州旅は熊野古道雲取越と踏破することが主目的だったので、多くの場所を巡ることができませんでしたが、次回機会があれば多くの場所を訪れてみたいです。

    また、当Blogに遊びにきてください^^

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