関東の古社 前玉神社(武蔵国)

前玉神社
(埼玉県行田市大字埼玉字宮前5450鎮座)

前玉神社は、大小10個の古墳があるさきたま古墳群の一角に鎮座している平安時代の「延喜式神名帳」に「前玉神社二座小」と記されており、埼玉郡の総社とされている古社。

さきたま古墳群については以下リンクで参照ください。
Link→さきたま古墳群

社前には『イヌマキ』と称される槙の大木。

御獄山信仰の奉納植樹の御神木で、推定樹齢600年、樹高20メートル、目通り幹周4.0メートル、根回り5.5メートルを計ります。現存する槙としては埼玉県最大のものです。
樹幹北側の中心部には大きな空洞があり、その中には木曽御嶽神社の石碑が置かれています。
(境内案内板より)

鳥居をくぐり、参道を進むと小高いの丘の上に社殿が築かれている。
小高い丘は浅間塚古墳という墳径約50メートル、高さ8.7メートルの円墳で、埴輪が樹てられていなかった可能性が高いこと、古墳の南西部の絵馬堂附近に石室の石材と思われる角閃石安山岩が見られることから、7世紀前半(埼玉古墳群の築造末期)に築かれた古墳と推定されている。

浅間神社

古墳の手前には古墳名の由来となっている浅間神社が鎮座している。
浅間神社は近世初頭、忍城中にあった浅間神社を勧請し、古墳上にある社を「上の宮」、中腹にある社を「下の宮」として祀られていたという。

社殿手前には元禄十年(1697)に奉納された石燈籠。
左右の燈籠には万葉集の歌が刻まれている。

左側の石燈籠

前玉の小埼の沼に鴨ぞ翼きる
己が尾に降り置ける霜を掃ふとにあらし
(万葉集『小埼沼』)

右側の石燈籠

埼玉の津に居る船の風を疾み
綱は絶ゆとも言な絶えそね 
(万葉集『埼玉の津』)

かつての鎮座地周辺は、利根川(現:古利根川)が南北に走る水運拠点のひとつとされ、沼が広がる地だったようです。

沼辺から見える巨大な古墳群。
大阪堺の古墳群のように、遠方から船でやってきた当時の人々は、さきたま古墳群の規模にさぞびっくりしたことでしょう。

*現在は、江戸時代の利根川東遷により東西に走る流れに変わっています。

前玉神社が最初に祀られた時代については、安閑天皇、宣化天皇あるいは雄略天皇の頃の古墳時代(400年代後半~500年代前半)ではないかと考えられている。
御祭神は、『古事記』所載の出雲系の神である前玉比売神(サキタマヒメノミコト)と前玉彦命(サキタマヒコノミコト)の二柱。

木々に囲まれた古墳上の前玉神社。
とても心落ち着くお社でした。

次回も引き続き武蔵国の古社です♪

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