関東の古社 茂侶神社 (下総国)

茂侶神社
(千葉県流山市三輪野山619鎮座)

二の鳥居
再び神社参拝記です。

茂侶神社(もろじんじゃ)は千葉県流山市に鎮座している古社で、延喜式神名帳にて『下総国葛飾郡茂呂神社』と比定されている。
石鳥居をくぐると一本の長い参道があり、さらに進むと朱色の両部鳥居がある。

両部鳥居をくぐってさらに神域へ。
緑深き境内が実に心地良く、幹線道路が隣接しているにもかかわらず、とても静か。

拝殿
地名や社名の通り、茂侶神社は大和国一宮である三輪神社の御祭神である大物主命の分霊を祀る社。御神体である三輪山は三諸山などとも称されており、ミモロ⇒モロと転じたのであろう。
西国から東国へ移住してきた開拓民が現鎮座地の丘を見て、『三輪野山』と名付け、その頂に三輪の神を勧請したのであろう。

本殿
古記録による幾度の神階昇叙や、境内に接した神宮寺跡地、鰭ヶ崎塚之腰祭祀跡等の水路上陸地、或いは神奈備北浦の巨杉八本より八木郷の地名由因などから考察するに、広大な神域を有し、又江戸幕府は毎年二十五石の祭祀料を捧げ或いは今に伝わる神賀良餅の神祭りその他によって盛大な祭典が偲ばれる。

創立年代は式内社であり、又奈良時代・平安初期に大和地方から当地に部族の移動記録等によりその時代と推測される。
御祭神は大物主命(大国主命・大巳貴命)
往古、三輪山の台地の麓は河川が洗い水田も拓けて稲作が盛んであったことは万葉集の葛飾郡早稲の歌でも知られる。陸地には畑作物が豊かに稔った。

祭典、トウ渡し(年番の引き継ぎ)、直会の後若衆が大きな供持ちを引きちぎりあい、奪い合う「餅取り」を行う。
行事はかつては近郷から若衆が集まり裸で餅を奪い合うもので、奇祭とよばれていた。
餅の割れ方でその年の作柄を占ったと言われる。
(以上、境内案内板より内容抜粋)

この地に住んでいた無名の娘による切ない和歌が万葉集に掲載されている。

鳰鳥の 葛飾早稲を 饗すとも
その愛しきを 外に立てめやも

鳰鳥(におどり)の葛飾早稲を神に捧げ祀まつる日であろうとも、
愛いとしい人を外に立たせておくことなどできましょうか。

奉納された草鞋
社前にある石像が安置された一角にわらじが奉納されていた。
鎮座地周辺は現在再開発が盛んに行われているが、このような伝統は失わないでもらいたいな、と思いました。

次回は、下総~常総に鎮座するお社です。

Comments

Popular posts from this blog

沖縄久高島巡礼 徳仁川拝所と久高島の町並み

信濃探訪 : 守矢史料館 一子相伝の古代諏訪口伝

「今伊勢に坐する元伊勢」 酒見神社