2 November 2013

埼玉の国宝建造物 妻沼聖天山と大我井神社(武蔵国)

Location 日本, 埼玉県熊谷市妻沼

妻沼聖天山
(埼玉県熊谷市妻沼1627)
中門から本殿を望む
埼玉県妻沼町(現:熊谷市)にある妻沼聖天山こと歓喜院は、東京都台東区の本龍院(通称 待乳山聖天)奈良県生駒市の宝山寺(通称 生駒聖天)と並んで日本三大聖天のうちの一つに数えられる名刹。(諸説あり)
高野山真言宗の寺院で、正式には聖天山歓喜院という。
1179年平安時代末期の武将、斎藤別当実盛公は、自らの本拠地武蔵国長井庄に大聖歓喜天を奉り、聖天宮を開いたのが始まり。

ちなみに、聖天とは歓喜天の別名で、ヒンドゥー教のガネーシャを起源にもつ神さまです。
(写真はネパール・パタンに祀られたガネーシャ像です)

貴惣門
貴惣門は国重要文化財に指定されており、3つの屋根(破風)によりなっている全国でも珍しい門。
横から見るとよく分かりますが、残念ながらキレイな写真が撮れなかったので割愛。

嘉永4年竣工、安政2年(1855年)頃の完成とのこと。

中門をくぐった先には拝殿。
この奥には埼玉県唯一の国宝建造物である壮麗な本殿が坐していたが、残念ながら拝観せず。(平成24年に国宝に指定されたそうです)
妻沼聖天山の御本尊として祀られている御正躰錫杖頭は国指定重要文化財。
1197年、斎藤別当実盛公の外甥、宮道国平と実盛公の 2人の孫により奉鋳寄進されたものとされている。

平和の搭
とても落ち着く雰囲気をもった仏閣を巡った後、大我井神社へ。

大我井神社
(埼玉県熊谷市妻沼1480鎮座)

大我井神社は妻沼聖天山の東側に坐するお社。
鳥居の先には、狛犬ではなく、二殿の祠が坐している。

唐門
参道を進むと唐門が。

大我井神社唐門の由来
当唐門は明和七年若宮八幡社の正門として建立された。
明治四十二年十月八幡社は村社大我井神社に合祀し、唐門のみ社地にありしを大正二年十月村社の西門として移転したのであるが、爾来四十有余年屋根その他大破したことにより社前に移動し大修理を加え両神玉垣を新築して全く面目を一新した。
時に昭和三十年十月吉晨なり
(境内案内板より)

拝殿
本神社は式内社白髪神社の論社とのことで、御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命。
景行天皇の御代に創建されたらしいが、かつては聖天山と合祀されていた歴史を持つ。

本殿
武州妻沼郷大我井神社

大我井神社は遠く人皇第十二代景行天皇の御代、日本武尊東征の折り、当地に軍糧豊作祈願に二柱の大神、伊邪那岐命、伊邪那美命を祀った由緒深い社です。
古くは聖天宮と合祀され、地域の人々から深い信仰を受けてきた明治維新の神仏分離令により、明治二年、古歌「紅葉ちる大我井の社の夕たすき又目にかかる山のはもなし」(藤原光俊の歌)にも詠まれた現在の地「大我井の杜」に社殿を造営御鎮座しました。

その後、明治四十年勅令により、村社の指定を受け妻沼村の総鎮守となり、大我井の杜と共に、地域の人々に護持され親しまれています。
なかでも摂社となる富士浅間神社の「火祭り」は県内でも数少ない祭りで大我井神社の祭典とともに人々の家内安全や五穀豊穣を願う伝統行事として今日まで受け継がれています。
(以上、境内案内板より)

埼玉県北部はかつての武蔵國の中心地のひとつ。
さきたま古墳群をはじめとした古墳群が多く点在し、式内社や国宝に指定される仏閣も数多くあるのが、とても興味深いな、と感じました。

次回は八ヶ岳大縦走!の巻です。

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