沖縄巡礼 琉球稲作発祥の地 受水走水と垣花樋川


琉球開闢の神であるアマミキヨが沖縄本島に上陸したとされるヤハラヅカサ
そして、仮住まいをした浜川御嶽という聖地から程近い場所に、『琉球稲作発祥の地』とされている『受水走水(うきんじゅはいんじゅ)』という拝所があります。

受水
百名ビーチ沿いの道から標識を頼りに畦道を進むと、案内板と二つの巨岩、そして石碑が立っており、その脇には小さな池に清らかな泉が滾々と湧いています。

受水走水(うきんじゅ はいんじゅ)
神名:ホリスマスカキ君ガ御水御イベ

ここは沖縄の稲作発祥の地として伝えられている。
『琉球国由来記』(1713年編)によれば、阿摩美久(アマミキヨ)がギライカナイ(海の彼方の理想国)から稲の種子を持ってきて玉城親田、高マシノシカマノ田に植え始めた。

又、伝説によると昔、稲穂をくわえた鶴が暴風雨にあって新原村の「カラウカハ」という所に落ちて死んだ。種子は発芽してアマミツ(阿摩美津・・・アマミキヨの子孫)によって受水走水の水田(御穂田)に移植されたという。

この地は東御廻いの拝所として霊域になっていて、旧正月の初午の日には、田植えの行事「親田御願」が行われている。
(南城市教育委員会)

玉城村に伝わる伝説によると、以下の通りです。

大昔の世、中国に御米という食料があり、そこに渡った阿摩美津(アマミキヨの子孫)が琉球にその種子を持ち帰りたいとニライカナイの神(守)に願い出たが、稲の種子は国外持ち出し禁止のため許可されなかった。
その後、北山王の使者の伊波按司守が中国に渡り阿摩美津と同じように稲の種子を持ち帰りたいと願い出た。守はあまりにも熱心だったので、鶴が運ぶことを条件に許可し、守が育てていた鶴を与え「ここの稲が熟する頃、鶴を離し鶴に稲の種子をくわえて運ぶよう言いつけなさい」と言った。

琉球に帰り鶴を大事に育て稲の穂が実る頃、守に教えられたとおり稲の種子をもってくるようにと鶴を放した。鶴は稲の種子を見つけることができたが、種子をくわえて飛んでいる途中、暴風にあって新原集落の北西側「カラウカハ」という泉があるところに落ちて死んだ。

鶴のくわえた稲穂がカラウカハで芽を出したのを阿摩美津が見つけ、受水走水の御穂田に水田を造り移植した。阿摩美津は、守に稲作についての耕作方法や料理方法まで習っていたこともあって稲はぐんぐんのびて実り豊作した。はじめは一ますだったが、二ます、三ますと水田を創り全部豊作し、琉球中に稲の種子を配布した。はじめに稲を植えたこの三ますの水田を三穂田と呼ぶようになった。
(以上、「玉城村の文化財概要」より)

受水の先にある森(遊歩道)の中に繁っていたガジュマルの木。

実は『受水』のみ見学して『走水』はどこにあるか気付かず、巡ることはできませんでした・・・。
今回の沖縄の旅は下準備を怠ってしまったので、今一つ「抜けた」感じになっておりますので、ご了承の程を・・・。

続いては、『日本名水百選』のひとつ、垣花樋川(かきのはなヒージャー)です。
受水走水などがある百名ビーチの北側にある高台(垣花集落)から石畳の急坂を下っていきます。

この急坂、勾配がかなりきつく、下っていくときには滑らないよう注意が必要です。

途中、休息をとるために置かれた石(ナカユクイイシとイーユクイイシヌヒライサー)が今も残っています。ちなみに坂道をカービラというらしいです。

ずーっと降りること約100メートル。
生い茂った林の中腹岩根からたくさんの湧水が出ている。

左:イナグンカー(女の川) 右:イキガンカー(男の川)

男性用と女性用に分かれており、イナグンカーの口は龍が施されていた。
(案内板を参照しました。間違えていたらすいません・・・)
きっと、昔からここで沐浴などをして、身を清めていたりしていたのでしょう。

イキガンカーからは多くの水が流れ出しており、下流にはンマミシガー(馬浴川)と呼ばれる浅い水たまりがある。

全体をまとめてシチャンカー(下の川)と呼ばれ、ここから流れた水は下の田を潤し、垣花村の人々はシチャンカーで水浴び、洗濯、水汲みなどをするために、急なカービラを行き来した。

ちなみに、現在でも、簡易水道として飲料水等の生活用水や農業用水として利用されています。

シチャンカーから百名を眺める
小さな島である沖縄では、島の主な水源は天から降り注ぐ恵みの雨。

よって、島にもかかわらず多くの湧水に恵まれたからこそ、この周辺は天恵の「聖地」として謳われ、アマミキヨが上陸した地、琉球稲作発祥の地として崇められてきたのであろうな、と推測。

次回はちょっと北(普天間)の方へ。

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