8 January 2014

沖縄巡礼 斎場御嶽 ユインチ ・ ウフグーイ と、琉球開闢神話

Location 日本, 沖縄県南城市知念久手堅
年末~年始にかけて沖縄へ旅行してきました。
主な目的は「神の島」といわれる久高島で年越しを過ごすことと、『御嶽』といわれる聖地を巡ること。

まずは、琉球王国最高の聖地といわれる斎場御嶽について。

世界文化遺産に登録されている斎場御嶽は、琉球の創世神・アマミキヨによる琉球開闢七御嶽のひとつで、長らく男子禁制だったという聖地で、ここで聞得大君即位の最高秘儀が行われたという。

緑の館という施設で、10分ほどビデオを見た後、まずは、御門口(うじょうぐち)という参道の入口へ向かう。
脇には斎場御嶽の拝所と同じ六つの香炉が据え置かれており、戦前まではここまでしか男性が入場することができなったという。

拝所からは久高島が一望できます。男性達はここから久高島を遥拝していたのでしょう。

この先からは神域。いささか急な石畳の参道を登っていきます。

大庫理(ウフグーイ)
御門口からしばらく進むとウフグーイと呼ばれる最初の拝所があります。
ウフグーイには大広間の意味があり、前面には磚(せん)敷きの祈りの場(ウナー)がある。

ウフグーイのウナー
首里城正殿の二階は大庫理と呼ばれ、祭祀的な機能を持つ格式の高い場所です。聞得大君の御新下り儀式の『お名付け(霊威づけ)』儀礼が、首里城と同じ名前を持つこの場所でとり行われたのは、その名にふさわしいことといえましょう。
前面にある磚(せん)敷きの広間では神女たちが聞得大君を祝福し、琉球王国の繁栄を祈りました。
(以上、案内板より)
*御新下り:聞得大君(神女の最高位)が最高神職に就任する儀式

寄満(ユインチ)
戦火で出来た池をを越えて、大庫理の岩の反対側にあるのが寄満(ユインチ)。

まるで、古代から続く巨岩のステージのような佇まいに感動。

寄満とは首里城内にある建物の名前で、国王のために食事を作る厨房を指します。
当時、ここには国内外からの海幸・山幸が集まりました。それが『豊穣の寄り満つる所』と理解されていったのでしょう。同じ名前を持つ斎場御嶽のこの場所には、第二次世界大戦前で、その年の吉兆を占い馬の形をした石(うまぐをーいし)が置かれていました。
(案内板より)

寄満の頭上に繁っているガジュマルの木
さて、アマミキヨとか聞得大君とか書いたところで、いまいちピンと来ない・・・。
よって、琉球開闢神話(国造り神話)を。

むかーし、むかし。
琉球はまだちゃんとした陸地になってなく、東の風が吹いたら東の波で覆われ、西の風が吹いたら西の波に覆われているような岩礁のような状態だった。
そこで、天帝(天の神)はアマミキヨ(女神)とシネリキヨ(男神)という兄妹神に、
「石と土を持っていって立派な島にしなさい」と勅命して、琉球に天降りしました。

アマミキヨとシネリキヨの兄妹神はまず土と石を運んで琉球の島々をつくり、次に七つの御嶽(琉球開闢七御嶽)をつくりました。
その後、天帝から授かった草木を植えて人が住めるようにしました。
しかし、島には人がいないので、2神は結婚し、3人の男の子と2人の女の子を産みました。

長男は琉球の王に、次男は按司に、そして三男を百姓になり、長女は女神官の聞得大君に、二女は村の神に仕える女神官(祝女のろ)になりました。

琉球民族の祖といわれるアマミキヨ族はこうして渡来し、知念・玉城を中心に住みついたといわれ、玉城の受水走水は米の発祥地、久高島は麦・粟・豆・キビなど五穀の発祥地とされている。

此の辺については後程・・・。
(開闢神話は定期的に綴っていきたいな、と思います)

次回は有名な三庫理(サングーイ)です。

No comments:

Post a Comment