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久高島を食らう 「とくじん」ピザ浜での夜

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島の夜は早く、あっという間に真っ暗になってしまいました・・・。
お腹が減ったので、『とくじん』という食事処にて夕食を食べることに・・・。

海ぶどうは、プチプチトロトロでとっても美味しい♡
(東京くんだりで食べる海ぶどうとは全然違いました!!)

こちらはジューシー定食。
ジューシーという炊き込みご飯と、お祝いのときに食べられるニガナと刺身を和えたもの、アーサー汁というあおさの汁物、もずくの天ぷら、そしてこれまたお祝いのときに食べられる沖縄ぜんざいなどがセットで1000円!
多分大晦日だったというのもあったのかな?

ニガナが私の口にあうようで、とっても美味しかったです。
(こっちでも食べたいな・・・)

そして、もずくの天ぷら!
なかなか珍味でこれまた美味しい!!

そして、メインディッシュはイラブー汁定食ー!
これをトライするために久高島に上陸したといっても過言ではありません(笑)
イラブー汁は濃厚だが、そんなにくせがなくてとても美味しいし、疲れた身体にエネルギー充填できました!!

とくじんで食事した後、ピザ浜で開催されていた「久高島年越しあしび」なる飲み会に参加しました。
世間では「大晦日(12月31日)」だったのですが、久高島では旧暦なので「ただの一日」。
とはいえ、わざわざ島に訪れた観光客に対するちょっとした『おもてなし』だったのでしょう。
(ちなみに、久高島の夜は真っ暗。ライトは必携です!)

参加者は我々と一人旅でやってきた2人のみ・・・。しかし、色々興味深いお話を聞けました。
門外不出のイラブー燻製小屋の番人さんと交わしたお話や、漁のお話、温暖化のお話等々・・・。
また、沖縄では避けては通れない『リゾート開発』についてのお話もされていました。

久高島でも八重山列島の小浜島のようなリゾート開発計画の話が持ち上がり、島を二分するような大論争にまで発展したという。
今でこそ、日本全国より『神の島』と謳われている久高島だが、島の人々の苦労の上に今のカタチがあるのだな、と思うと、伝統の継承の難しさのようなものを感じました。

気付いたら、終日かかっていた雨雲が抜けて満天の星空が。
三線を奏でながら歌う沖縄民謡のせいなのか泡盛の飲み過ぎなのか定かではありませんが、とても心地良い貴重な時間を過ごすことができましたー。

次回は島の北、神域へ進みます☆

沖縄久高島巡礼 イザイホーの祭場久高殿とバイカンヤーの煙

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大里家(ウプラトゥ)から西側に足を進めると、御殿庭(ウドゥンミャー)といわれる祭祀場があります。
雨露に濡れてとても幽玄な雰囲気が漂っておりますが、かつて(と呼ぶのは何とも寂しいが・・・)この祭場にて『秘祭』といわれる『イザイホー』がおこなわれていました。

久高殿の中に入ると、右(東)からシラタル宮、ハンアシャギ(神の宮)、そしてバイカンヤーの3つの建物が並んでおります。建屋奥の森はイザイヤマと呼ばれる神域で立入禁止です。

シラタル宮には久高島の人創り神話の主人公であり、久高ノロの始祖である百名白樽(シラタル)と多留加那(タルガナー)を祀ったお宮です。

中央のハンアシャギは、イザイホーにて最も重要な祭祀場ですが・・・現在は物置小屋になっております(苦笑)

さて、イザイホーとは久高島の数ある祭祀の中で最も有名な祭りで、30歳以上の既婚女性が神女(タマガエー・神職者)になるための儀式で、十二年ごとの午年に開催されていた。

久高島では、「女は神人(カミンチュ)、男は海人(ウミンチュ)」という諺があり、女は夫や子供を守護する者として生きていく宿命があり、島の祭祀を執り行っていく。
その祭祀を執り行う『神女』となる通過儀式をここ久高殿を中心に4日間かけて行われていた。

ハンアシャギ(神の宮)を境として、その先は祖霊が鎮まる他界とされており、イザイホーでは新入りの者(ナンチュ)が七つ橋を渡ってこの宮を通って、祖霊が佇むイザイヤマ(奥の森)に一晩籠っていたらしい。

・・・イザイホーの詳細については多くの文献等がありますので、そちらをご参考ください。

尚、イザイホーは「日本の祭祀の原型」といわれているのだが、残念ながら1978年の祭祀を最後に後継者不足等の理由で開催されていません。
ちなみに、今年は午年・・・どうなるのでしょうか?

一番左にあるのはバイカンヤーと呼ばれるイラブーの燻製小屋。
タイガースのタオルが目印です(笑)

イラブー(海蛇)はユイムン(寄り物)といわれ、神からシマ人のために贈られてきたものと考えられ、かつては琉球王朝にも献上されてきたといいます。

海で獲られたイラブーは、茹でたり形を整えた後にバイカンヤー(燻製小屋)に入れられます。

燻製方法は門外不出、口承伝の秘儀とされており、昔ながらの製法を守っているらしいです。
近年は久高ノロ不在のため、伝統的なイラブー…

沖縄久高島巡礼 外間殿(フカマドゥン) 久高島の祭祀場

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前回は島の始祖家のひとつで五穀の神シマリバーとアカツミーが住んでいたとされる大里家(ウプラトゥ)について記しましたが、今回は島の重要な祭祀所のひとつ外間殿(フカマドゥン)について。

大里家の東側に位置する外間殿は、久高殿と共に重要な地位を占めている島の祭祀場で、太陽・月・竜宮など七つの神さまを祀っています。
外間祝女(ノロ)と外間根人(ニーチュ)が祭主で、旧正月やマッティ(収穫祭)など、シマレベルの祭祀の殆どをこの「庭」で執り行われます。

また、外間殿の左隣には西威王(琉球の王)の産屋とされているアサギ家があります。

祀ってある七つの神さまとは・・・
天頭神(天の神さまの総師)、玉礼乃神(太陽の神)、松乃美神(月の神)、ニレー大主神(竜宮の神)、アマミキヨ神(国造りの神)、百畑地方照乃神(植物の神)、梁万神(健康の神)のこと。

また、各家庭にある香炉の大元にあたるミウプグイミンナカと呼ばれる大香炉が設置されており、さらに、久高島では子供が生まれるとここ外間殿で根神(ニーガン)という神職者による名付(ナーリイキ)がおこなわれるそうです。
(詳細は『日本人の魂の原郷 沖縄久高島』比嘉康雄著をお読みください)

久高殿と外間殿について理解するには、ムトゥ(始祖家)とノロ制度について触れなければなりませんが、小生は琉球の信仰を殆ど分かっておりませんので、さらりと・・・。

以前、久高島の人創り神話をヤハラヅカサと浜川御嶽にてこう記しました。

「昔、久高島の対岸にある百名からシラタル(兄・白樽)、ファガナシー(妹)が船で久高島に渡って子供を産みました。」

この子供達が久高島住民のミアムトゥ(三つの重要な始祖という意味)と呼ばれる始祖家とされ、久高ノロ、外間ノロ、外間根家がこれに当ります。

そして、久高島の集落はシマの北側から南側にひろがっていて、「集落の親」にあたる始祖家はシマの北側に位置し、「子供(子孫)」は始祖家の南側に分家する伝統があり、東側のフカマニーヤー(外間根家)と西側のタルガナー(多留加那)の二大ムトゥ(草分家の意)を中心に家々が集まっていました。

その後、琉球王朝の頃に久高島にて「ノロ制度」という神職者(神女)組織を編成することとなり、それまでのムトゥ神(神職者)を求心力とする家・血族レベル時代から、シマ全体を束ねる祭祀制度に移行していきました。

その際、この…

沖縄久高島巡礼 大里家(ウプラトゥ)琉球五穀神話の始祖

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久高島の集落を北上していくと、大里家(ウプラトゥ)を中心に東側には外間殿(フカマドゥン)、西側には御殿庭(ウドゥンミャー)という重要な祭祀場があります。

まずは、大里家について。
大里家は、島の始祖家のひとつで、「五穀世大里(グウクウユーウプラトゥ)」「種世(サニュー)大里」と呼ばれており、五穀の神様といわれるシマリバーとアカツミーが祀られています。

琉球の稲作伝来神話は、受水走水(←リンク)の項にて記しましたが、五穀(麦、粟、アラカ、小豆)については、ここ久高島の大里家が発祥の地とされております。

堅牢な石垣、そしてヒンプンとよばれる藩塀のような目隠しの先にひっそりと古家が建っています。
門の先の左には古びた大里家、その右手にはシマリバーとアカツミーを祀った拝殿が坐しています。

さて、この大里家は琉球五穀伝来神話の主人公とされており、以下の神話が残されている。

☆穀物伝来神話☆
昔大里家にシマリバー(女)とアカツミー(男)が住んでいました。
ある日、アカツミーはイシキ浜で漁をしていたところ、沖の方から白い壺が流れてきた。
アカツミーは壺を拾おうとするが、沖に戻されてなかなか取れない。そこでアカツミーは一応帰り、そのことをシマリバー相談しました。

シマリバーは、

『まずヤグルガー(井泉)で身を浄めて白い着物を着て挑めば白い壺は取れるぞー!』

と教えてくれました。

アカツミーはその教えどおりにして再びイシキ浜に行き、取ってみることにしました。
そると、先程まで取れなかった白い壺が、ふしぎなことに難なくアカツミーの白衣の袖に入り、取ることができました。

その白い壺には麦、粟、アラカ、小豆の種が入っていて、麦と粟はハタスということころに植え、壺はそこに埋めました。

麦、粟はここからシマ中、クニ中に広められたとさ。
(以上、比嘉康雄著「日本人の魂の原郷 沖縄久高島」より)

尚、旧暦二月と十二月におこなわれる『ウプヌシガナシー』という祭祀のときに、アカツミーとシマリバーの神霊を引き受ける神職者に憑依して神話が再現されるといいます。

また、非常に古い歴史を持つ大里家にはこのような話があります。

一番古いムトゥ(草分家)である大里家の娘クゥンチャサンヌルは優れた目に見えない異界と交信する超能力をもったヌル(巫女、シャーマン・ティンユタ)であった。
琉球王朝の尚徳王が鬼界島征伐後…

沖縄久高島巡礼 徳仁川拝所と久高島の町並み

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安座真港からフェリーで約20分程で、神の島と謳われる久高島へ到着。
徳仁港周辺のイラブーガマ(ウミヘビの収穫地)がお出迎え。

船着場に近くにある森と共存したような岩場の手前に徳仁川拝所と呼ばれる拝所があります。

まずはここで一礼。
とても趣きある拝所です。

しばらくの間、集落を地図に頼らずにのんびり散歩。

到着した時間は雨が降ったり止んだりの亜熱帯特有の天気。
地面がしっとり濡れた町並みも悪くありません。

海なし県民にとって、非日常的な風景。
軒先で網を干すなんて、憧れです(笑)

屋根を見上げると、シーサーが口をあんぐりさせて、『アーー!』と吠えている。

木陰を見下ろすと、ニャンコが身体を丸めながら雨宿りをしている。

ちなみに、島内には野良ネコがたくさんいました。
パンフレットも「久高島 猫の巻」というタイトルなので、きっと有名なのでしょう。

雨に濡れたハイビスカス。
真冬なのに満開でした。

味わいのある商店の門構え。
我々は内間商店という集落のど真ん中にあるお店でお酒等を買い込みました。

使われなくなったイラブー燻製場。
有名なバイカン小屋については後程たっぷりと。

漁港方面へ行ってみると、ズブ濡れになった子供たちが元気よく「こんにちは!」と挨拶してくれた。
過疎化、高齢化が叫ばれる離島だが、この島には多くの子供たちが住んでいるように感じ、少し嬉しくなった。

その子供達がいた方面へ歩いてみると、茂った森の中に一本の巨木が。
脇に置かれた案内板を見ると、『前ヌ浜のスーキ』というらしい。

前ヌ浜のスーキ(和名モンバーキ)は高さ8.8メートルで県内では最大で最も古い木と思われる。昔はこの木で水中眼鏡が作られた。
(知念村教育委員会)

スーキの巨木の先には青い砂浜。
多くの船が往来し、先には本島・斎場御嶽がくっきりと見ることができます。

島内の集落は小1時間もあれば、一周出来る位こじんまりとしております。
観光化されていない古き琉球の匂いを嗅ぎに巡ってみるのもよいかもしれません。

次回はいよいよ聖域へ。


沖縄巡礼 安座真港から神の島 久高島へ

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前日は沖縄本島南部をダラっと巡っていましたが、この日はいよいよ聖域久高島へ。
2日間宿泊していたリゾートホテルから沖縄バスターミナルへまず移動。
すると、バスターミナルの一角に石灰岩の塊があったのでパシャリしてみました。

電話ボックスの裏手には拝所もありました。

これは仲島の大石と呼ばれる天然記念物で、周囲25メートルの琉球石灰岩。
久米村の人々は「文筆峰」とも呼び、村の風水にかかる縁起のよい大石として珍重していたという。
また、この付近に仲島の遊郭があったらしいが、1908年(明治41年)には辻という地に合併移転した。
(以上、石碑より抜粋)

ここで路線バスに乗車して揺られること1時間強で、久高島の玄関口、安座真港へ到着します。

安座真港から久高島行きのフェリーは1日5~6便程出ています。
観光船でなく、生活便の船なので、変にはしゃぐのはやめましょう。

ということで、いざ出航ー!

船上からは斎場御嶽周辺の山々がくっきりと見ることができます。
フェリーと高速船が出航していて、フェリーだと約20分、高速船だと約15分で久高島へ到着できます。

これは斎場御嶽周辺の施設から撮影した写真。
標高17.1メートルの平べったい島です。

久高島へ向かった日はあいにくの雨・・・。
翌日に初日の出を拝めるか甚だ疑問です。

そして久高島の玄関口、徳仁港へ到着!
この辺りはイラブーガマといい、久高島のイラブー(ウミヘビ)の漁場となっております。

イラブーは琉球王朝に献上していた聖なる蛇。
港西側は外間ノロ家と外間根家の漁場、港入口のイラブーガマは久高ノロ家の漁場と決められており、一番採取できるのはここイラブーガマという。
近年は久高ノロ不在のため、伝統的なイラブー漁はおこなわれなかったが、2005年以降、村頭代行のご尽力により復活した。

次回以降は島を巡ります☆

沖縄巡礼 圧巻の大主ガジュマル ガンガラーの谷 

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おきなわ村の向かいにある『ガンガラーの谷』というテーマパークに行きました。
何故、おきなわ村内にある有名な鍾乳洞には目もくれず、こちらに向かったかというと・・・

『大主ガジュマルが見たいから♡』

ということで、ツアー受付がある「ケイブカフェ」でツアー料金を支払って、出発時間まで少々休憩。

ちなみに、ここケイブカフェの鍾乳洞(サキタリ洞)も迫力満点です!

ちなみに、ガンガラーの谷はツアー以外の入場はできませんので、あしからず・・・。
まずはツアーガイドさんの説明を聞いて、さんぴん茶のボトルを頂いていざ出発!

鍾乳洞を抜けると谷と緑生い茂る森が眼下に広がります。

ガンガラーの谷はかつての大きな鍾乳洞だった場所。
名の由来は、昔この地に住む者が、とある地上の穴に石を落してみると「がん、がん、がら、がらー」という音がずーっと続いたことから『ガンガラー』という名になったとガイドさんが仰っておりました(笑)

ここはイナグ洞と呼ばれる拝所。
(ちなみに「母神」の看板は誰かが作って置いていったらしいです)

イナグ洞の先には大きな鍾乳洞が長く続きます。
ここはイキガ洞。
先は真っ暗なので、ランタンを持って洞窟を進んでいきます。

そして、ツアー客が進める突当りにあるのが、イキガ洞の象徴ともいえる「父神」
先程のイナグ洞と合わせて、種之子御嶽(さにぬしーうたき)と呼ばれています。

ちなみに、この洞窟は奥まで繋がっているようです・・・先に進んで探検したかったです。

イキガ洞の象徴から引き返して再び外界へ。
さっき通ったはずなのに、不思議と異世界へ彷徨いこんだかのようです。

上を見上げると密林のような森が巨岩を飲み込みそうな勢いで繁っている。
自然の逞しさを感じずにはいられません。

写真では伝わりにくいかもしれませんが、崩落した巨岩を支えるかように横の岩が受け止めています。

さらにトンネルを越えたその先には・・・

圧巻・・・

これが大主(うふしゅ)ガジュマル。
陥没した鍾乳石の空間に幾重にも根を張っている。

まるで前衛的な芸術作品を見ているかのようです。

陽光に照らされた淡い緑の葉と、大地に向かって絡み合うように張る根。
ガジュマルは本当に『生命』を感じさせる樹です。

ちなみに、この大主ガジュマルの樹齢はまだ150年程というのだから驚きです!

まるで大地に突き刺す槍のように気根が張っている。