19 June 2010

長崎の旅 軍艦島の全景とスナップ集

軍艦島の全景

モノクロ加工とか色々小細工をしようと思ったのですが、2010年6月現在のファインダー越しから覗いた「軍艦島」をそのまま見てもらいたかったので、あえて未加工にしてみました。
何かインスピレーションを感じてもらえると嬉しいです☆


筋状の雲と軍艦島の廃墟

住居跡地は瓦礫が崩れて
今にも崩壊しそう

鉄筋むき出しの
屋根や柱は錆びている

潮風で腐食が思ったほど
進行していないのは、
きっと良質の鉄鋼を
使っていたからのであろう。

無機質にピラーだけが
並んでいます


とてもシュールです。。。

まるでSDカードの形をした穴。
背後には碁盤の目のように
整然と正方形の穴が並んでいる


日本最古のマンション跡。
確かに多くの人たちが
ここで生活していたのですね。


おそらく数百年も放置していたら、
跡形のなくなくなってしまう近代遺産。

約1時間程島内を見学した後、再び船に乗って端島を一周するように遊覧してくれた。

ちなみにこのアングルが、戦艦土佐に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになったらしい。
尚、端島の由来はガイドさん曰く「長崎湾の一番端の島」とのこと。

本当に戦艦のようなシルエットですね☆

ちなみにアメリカ軍の潜水艦が軍艦と間違えて、島に魚雷を発射したという逸話があるが、実際は船着き場に停泊していた石炭運搬船に魚雷を発射したというのが真相。

そしてこちらが外海側。
内海側は石炭の採石場に対して、外海側は主にアパートなどの住居群だったようだ。
日給住宅や鉱員住宅などが、狭い敷地内に隙間ない程建てられている。

ちなみに現在、派遣社員と正社員の賃金格差などの問題があるが、今から60年以上前に、この島でも日雇い労働者と正社員との格差に対して争議があり、三菱側が日雇い労働者を正社員化したとのこと。

200m四方弱の中に、最盛期は5,000人以上 が住み、ゆりかごから墓場(墓場の場合は隣の島に埋葬)まで、人が生活する必要最低限の都市機能があり、なんと映画館やパチンコ屋までもあったらしい。

また「草のない島」と当時言われていたが、住民による緑化運動があって、アパートの屋上などに植物を育てていたらしい。
現代の社会問題が、数十年前に既に提起されていたのは興味深い。

個人的に一番お気に入りのアングル。
まるで中世の城砦都市のように見えます。

外海側の岸壁が城塞のように堅固なのは、高波や台風などの自然災害に備える為。尚、船着き場も過去3回、自然災害により破壊されたらしい。
それだけ劣悪な自然環境だったようだ。
写真は病院(端島病院)が写っているが、何と隔離病棟もあったらしい。


そして、船は長崎湾へ。
ぼくは名残惜しむかのように、ずーっと廃墟の島を眺めていた。