26 July 2010

出雲路を歩く 出雲大社(杵築大社)


一畑電車に乗って、出雲大社へ向かいました。
何と参拝日に運よく大祭礼が行われておりました。


出発前は曇っていたが、出雲大社に到着する頃には、すっかり天気が良くなった☆

ここは出雲大社駅ホーム。
ホームの案内看板の字体など、とても郷愁を覚えてしまう。


出雲大社前駅舎。
1930年に建築された駅は、とてもハイカラな洋風建築。
しかし、参道の雰囲気と妙にマッチしている郵便ポストの形が懐かしい。

尚、旧国鉄の大社駅(廃駅)も近くに保存されてあるが、この駅とは真逆で純和風な建築様式の駅舎だった。


ここが駅のコンコース。
ステンドグラスや高い吹き抜け、そしてライトがお洒落。
とっても良い雰囲気☆


ここは出雲大社のすぐそばにある竹野屋という旅館。
とても立派で古い歴史のありそうな旅館だが、実は一流シンガー・ソングライターである竹内まりやの実家なのである☆


そして、いよいよ出雲大社へ。
松の参道を通り、銅鳥居を抜けて、いよいよ荒垣(境内)に入る。

背後を山々に囲まれ静寂した荒垣内は、まるで異世界に来てしまったよう。
下り参りの参道は群馬(上野国)の貫前神社のようです。


境内には数多くの神話を持つ大国主命だけあり、多くの像が祀られています。

これは『ムスビの御神像』と呼ばれていて、大国主神が、海の彼方からやってきた幸魂・奇魂のお蔭を頂き、葦原中国(日本)の国造りが完成することができたという古事記にある神話のひとつである。
幸魂・奇魂と大国さまについて⇒Linkを参照

こちらは因幡の白兎像。
因幡の白兎の神話について⇒Link参照

そして、荒垣の中に入ってみると、背筋がピーンとするような感覚に陥る。
それは「緊張する」、「重々しい」とか「神々しい」等といった雰囲気では決してなく、ごく自然に凛とした気持ちになった気がした。


神橋を越えた鳥居の先には松並木が並ぶ一本の参道が延々と続いています。

ここは八足門で、本殿の入り口。
蛙股の「瑞獣」や流麗な「流水文」などの彫刻が施されている。

そして、背後には写真でしか観た事がない荘厳な御本殿が・・・

見えない・・・(涙)
鉄筋の構造物しか見えない・・・(号泣)


というのも、現在本殿は「平成の大遷宮」と言われる大工事中で、平成25年完成予定。
残念だが、次回参拝まで御本殿を拝むのはお預け・・・。


出雲大社は正式名称「いずもおおやしろ」と呼ぶ。しかし、出雲大社という名は明治時代以降の呼称で、古代より杵築大社と呼ばれていた。

創建については、平安時代に「雲太、和二、京三(出雲大社=長男、東大寺大仏殿=次男、平安京大極殿=三男)」という数え唄があった程、古より由緒のある、壮大な規模の神社である。


檜皮の屋根についている苔の色具合と、年月を感じさせる囲いのくすんだ色に侘寂を感じる。


ここは「御仮殿」
現在、祭神である大国主神はここ御仮殿でお鎮まりになっている。


各々の願いを託して、おみくじが木の幹や枝に隙間なく括り付けられて、絵馬掛けにも数多くの絵馬が掛けられている。小生も引いたおみくじを括りつけさせて頂いた。
御利益があれば良いのだが・・・。


ここは、手前は釜社で、奥の長い社は十九社。
釜社には、素戔嗚尊(すさのお)の子の宇迦之魂神が祀られている。
そして、十九社は八百萬神(やおよろずのかみ)が祀れていて、神在祭の際に神々の宿舎となる場所。

出雲大社と大社周辺のスナップ集



続いて出雲大社と、大社周辺の写真を紹介します☆


出雲大社に架る侘び寂びを感じる橋。
とても風情がありますね☆


「真名井の清水」

この清水は宇迦山から湧き出ており、出雲大社の神事に関わる神聖な清水(神水)とされている。
清水内の石の色を観察したら、鉄分が混ざっているのか、赤紫色をしていた。


そして、再び出雲大社へ。

この鳥居は「銅鳥居」と呼ばれる。
天穂日命を祖とする 長州藩第3代藩主 毛利綱広(大江氏)が寄進したとされている。(寛文6年、1666年)。


大社本殿前の門に山積みされた酒樽。
例祭のためなのか、普段からこうなのかは定かではない。


いかにも日本的な情景だったので、撮ってみた☆


そして最後は、出雲大社から見た神門通り。
背後の巨大な大鳥居が存在感を醸し出しております。

次号は、いよいよ大祭礼、そして出雲神楽です☆
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