29 January 2011

武蔵の地理 見沼田んぼの歴史

見沼田んぼを散策してみた


中山神社へ参拝のあと、いよいよ最終目的地である氷川女体神社へ向かう。
そこで必ず通らなくてはならない『見沼』について少々・・・。


東京都心から電車で30分とは思えない長閑な景色です。


道端に柿がなっています。
(あまり美味しそうではありませんが・・・)


周囲を散歩してみるとコスモスのお花畑があります。


お花畑を見ると、ほっこりと心が和みます。

ちなみに、春になれば見沼代用水脇にある桜並木道がとても美しく、みなさんお花見をする憩いの場になります。


見沼が干拓される前(17世紀頃)までは、いわゆる見沼田んぼ自体が大きな湖であった。
(さらにいえば、古墳時代の頃は鴻巣あたりまでが海岸線だったらしい)

そこに引いてみた緑色のラインと赤い点。
氷川神社(スサノオ・・・父)-中山神社(オオナムジ・・・子孫)-氷川女体神社(クシナダヒメ・・・母)が湖畔に一直線に並んでいる。
そして中山神社は、ほぼ中央にあり、冬至の日には太陽は氷川女体神社の真上から昇り、夏至の日、太陽は氷川神社の真上に沈むらしいです。

尚、現在は整備されて「見沼田んぼ」と「見沼代用水」となっており、元アジアチャンピオン~浦和レッズの練習場もあり、さいたま市民の憩いの場となっています。

見沼についてより知りたい方々の為に、見沼の歴史を添付します。

縄文時代


弥生時代~江戸時代初期


八丁堤によるせき止め


現在

いにしえのミステリーに包まれた氷川三社レイラインの最終回は・・・宮本町にある『氷川女體神社』についてです。