1 February 2011

信濃探訪 : 穂高神社 海神を祀る安曇野の社 例大祭の御船神事(お船祭り)

穂高神社
「日本アルプスの総鎮守」だが、海神族を祀る社
(長野県安曇野市穂高6079御鎮座)

上諏訪駅から松本経由で、大糸線で穂高駅に下車。
駅から歩いて10分弱で、信濃國三宮・穂高神社に到着。

さすが年に一度の例大祭が開催されるだけあって、神社内には多くの参拝客で賑わっていた。
早速境内へ入場するために、鳥居をくぐってみた。

拝殿は2009年に127年ぶり(よって、以前の拝殿は1882年建立)に建て直されたばかりなので、若々しさがみなぎっている。
これから年月を重ねて、味わい深い色になるのあろう。

拝殿の奥には、3つの本殿があり、中殿には穂高見命、左殿には綿津見命(わたつみのみこと)、そして右殿には瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が祀られている。

また、若宮には安曇連比羅夫命(あづみのむらじひらふのみこと)が祀られている。

御由緒
穂高神社がいつ創建されたか記録はないが、醍醐天皇の延長五年(927)に選定された延喜式の神名帳には、名神大社に列せられて古くから信濃に於ける大社として、朝廷の尊崇篤く殖産興業の神よ崇められ、信濃の国の開発に大功を樹したと伝えられている。

安曇族は海神(わたつみ)系の宗族として北九州に栄え、大陸とも交渉をもち高い文化を持つ氏族であったようで、しだいに活動範囲を四国、中国、近畿、中部へ広げ、その一部は信濃国安曇野を安住の地えお定め、稲作、農牧文化等を普及し、大きな力を持ち「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)・・・平安時代中期に作られた辞書」にある高家郷・八原郷・前科郷・村上郷の四郷からなる安曇郡を成立させている。
武将仁科氏、松本藩主の加護を受けて、明治5年郷社、同15年県社、昭和十五年国幣小社に昇格し、現在は神社本庁の別表神社として崇敬されている。

そして、奥宮は中部山岳国立公園である明神池畔に鎮座。
明神岳(穂高岳の一峰)の直下で、明神池(神領地)は春夏秋冬おもむきを異にし、天下の自然庭園である。年間訪れる参拝客多く、日本アルプスの総鎮守、海陸交通守護、登山安全の神を祀るにふさわしい浄地である。
(以上、穂高神社略記より)

・・・写真などを見たが、本当に美しい池でいつか参拝したい御宮である。
尚、嶺宮は穂高岳山頂(標高3190メートル)に鎮座されています。

こちらは若宮社。
御祭神である安曇野連比羅夫命が祀られている。
天智天皇の命により水軍を率いて朝鮮に渡り、百済の王 豊璋を助け、六六三年八月二十七日、白村江で戦死。
穂高神社御船祭りの起こりと伝えられている。 
(以上、案内板より) 
白村江の戦い(はくすきのえのたたかい)とは、663年(天智2年)8月に朝鮮半島の白村江(現在の錦江近郊)で行われた、倭国・百済遺民の連合軍と、唐・新羅連合軍(羅唐同盟)との間で繰り広げられた、海と陸の会戦のこと。
この時安曇比羅夫は、豊璋王を護送する先遣隊として661年5月に船舶170隻・約1万人の兵を率いて出発したが、唐・新羅連合軍の前に敗北したとのこと。

こちらが神船。
昭和57年に奉納されたもので、平安時代の資料を基に復元されたもの。

この岩は仁王岩と呼ばれている岩。
とても厳かな雰囲気が漂っていますね!

一旦神社を抜けて、レンタサイクルを借りて安曇野散策に出掛けていた。
そして、例大祭が始まる頃に戻ってきたら・・・

いつの間に山車・・・でなく御船が集結していた!
テンションが急に上がったのは言うまでもない。

さて、例大祭の御船神事(お船祭り)は高さ6m長さ12mにもなる大きな船形の山車(だし)「御船(おふね)」をぶつけ合う勇壮な祭りである。

『船型の山車に穂高人形を飾った大小5艘のお船が笛や太鼓の囃子(はやし)にのり、氏子衆によって神社へと曳き入れられます。
境内を練り、神前を曳き廻るうちには、お船が激しくぶつかりあい、その壮大な迫力に、時のたつのも忘れてしまいます。

御船祭りのお船は、子供船と大人船とがあり、なるの新木を用いて毎年組み立てられます。
男腹(おばら)、女腹(めばら)には着物が何十枚も掛けられ船上には毎年ことなった穂高人形が飾られます。
着物の持ち主は、一年間健康で過ごせると言う信仰も息づいています。

お船の起源は穂高神社の祭神が安曇族の祖神(おやがみ)である海神をお祀りし、古代北九州に本拠があった安曇族は海洋に親しみ海運を司っていたこと、大将軍安曇比羅夫の船師を率いての百済教援、又氏族の朝廷での活躍などで、平安時代の標山室町時代の神座の山車等に原形を見ることができます。』
(以上、穂高神社HPより)

なお、開催日の9月27日は、663年(天智2)白村江の戦いで戦死をされた阿曇氏の英雄「安曇比羅夫命」の命日とも伝えられる。

御船ごとに地元に由来した昔話に沿ったテーマがあり、穂高人形の造りがとても精巧なのには驚かされた。(しかも毎年異なった人形を作るなんて・・・)

そしていよいよ、出陣(の準備)
何十人かけて曳く御船の大きさには圧倒。
二艘の御船がぶつかる様子は、さぞ迫力あるものに違いない!
と、妄想にふけっていた。

御船を見てて気になっていた着物の束。

この着物の持ち主は一年間健康に過ごせるという信仰から掛けられていたという事を知って、『日本的』な伝承が長く守られているのだな、と少し感動した。

御船が集まっている広場から境内に戻ってみると・・・

多くの見物客が拝殿の周りを取り囲んでいた。
まずは、『奉納 穂高太鼓』
穂高っ子達の勇壮な太鼓の音が、神社中に響き渡っていた。

そして、こちらは稚児による『浦安の舞』
神楽の調べに合わせて、優雅に舞っておりました。

一通り奉納行事が終わると、宮司さん一同が列をなして社殿へ。
境内にピンと張りつめたような緊張感が走ります。

例大祭の様子
粛々と厳かに神事は取り行われていた。

こちらは神饌と呼ばれる神様に対するお供え物で、御饌(みけ)といいます。
お花などに囲まれて、とても美しく配膳されている。

拝殿奥の本殿には、三社が鎮座。

中殿には穂高見命(ほたかみのみこと)
左殿には綿津見命(わたつみのみこと)
右殿には瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)

主祭神である中殿が御開帳され、宮司さんが厳粛に『祝詞』を詠みあげていた。

厳かに取り行われた例大祭も終わり、いよいよメインイベント(!?)の『御船祭り』

2艘の御船がぶつかり合う迫力満点な神事!
海神族の末裔である穂高神社の氏子達による熱き船への想い!!

・・・実は帰りの電車に間に合わなかったため、見学できませんでした。

まるで、最上級コース料理のメインディッシュを目前としながら、急に腹痛になってしまい退席してしまったかのような気分でした(号泣)

御朱印