23 February 2018

安房國一宮 安房神社 古代史を感じる房総南端の社

安房神社
(千葉県館山市大神宮589鎮座)

今回は千葉県館山市に鎮座する安房國一宮 安房神社についてです。

御由緒によると安房神社の創始は皇紀元年(西暦紀元前660年)。
下の宮御祭神・天富命は神武天皇の命を受け、阿波国(現徳島県)に上陸し、そこに麻や穀を植えて開拓を進めたという。
天富命は神武東征にて讃岐忌部・紀伊忌部を率いて紀伊の国の材木を採取し、畝傍山の麓に神武天皇を祀る橿原宮(橿原神宮)という御殿を造営しました。
その後、天富命は更に肥沃な土地を求めて、阿波国に住む天日鷲命の孫の阿波忌部氏の一部を引き連れて海路黒潮ハイウェイに乗って房総半島南端に上陸して開拓を行いました。

上の宮(本宮)
この時、天富命は上陸地である布良浜の男神山・女神山という二つの山に、自身の御先祖にあたる天太玉命と天比理刀咩命を祀り、これが現在の安房神社の起源とのことです。
その後養老元年(717年)、吾谷山(あづちやま)の麓である現在地に遷座し、天富命と天忍日命をお祭りする「下の宮」の社殿も併せて造営されて、現在に至るとのことです。

下の宮(摂社)
上の宮(本宮)の主祭神は天太玉命。
相殿神として天太玉命の妃神である天比理刀咩命と忌部五部神(櫛明玉命、天日鷲命、彦狭知命、手置帆負命、天目一箇命)が祀られています。
対して下の宮(摂社)の祭神は天太玉命の孫神である天富命とその兄弟神である天忍日命が祀られております。

さて、ふと思ったのは三嶋大社の祭神三嶋大明神の本后で神津島に鎮座する阿波神のこと。黒潮にのって、阿波国から紀州、伊豆を経た際に、伊豆諸島に流れ着いたのでしょうか?阿波の国の人々の移住と関連があるのではなかろうか、なんて推測してみた。

左の写真は御仮屋で、以前は渡御してきた神輿が安置されたという。
右の写真は御神水で、神社の背後にある吾谷山から湧き出ているという。

境内には洞窟遺跡があったらしいですが、現在は埋没しているらしいです。また、今でも阿波忌部氏由来の祭礼が続けられているらしいです。

きっとこの地は古代のヤマト朝廷において東国平定の基盤固めとして開拓し、最前線の鹿嶋以北の物資補給基地のような役割として機能していたのかな、なんて妄想してみた。
またかつて鎮座していた布良浜にある御神山~男神山・女神山もきっと紀州の那智滝ゴトビキ岩(神倉神社)ように船乗りの目印だったのかな…?

さてさて、館山周辺は黒潮沿いの半島のせいか、紀州や伊豆の風景に似ているところが
あります。

こちらは、野島崎灯台。
無理がありますが、伊豆の石廊崎灯台のようです。

ここは野島。
ごつごつとした岩の感は少しだけ紀州の奇石群のようです??

そして、こちらは沖ノ島。
半島東側に位置する点でも紀州田辺にある神島のよう??

…かなりこじつけ感満載ですが、館山・安房は都内からバスで1~2時間で行けますし、ちょっとした小旅行にお薦めです。
(ぜひ文中に貼ったリンクも覗いてみてください)