4 February 2018

戸隠神社 奥社 美しい随神門から奥社・九頭龍社へ

戸隠神社 奥社 (Togakushi Jinja-shrine Okusha)

戸隠山登拝⇒Link

御祭神 奥社 天手力男命、九頭龍社 九頭龍大神
旧国幣小社

戸隠神社の宝光社火之御子社中社を経ていよいよ奥社へ。
一本道が続く参道はおおよそ2キロの道のり。

鳥居の前には(おそらく)登山届のポストだと思われます。

参道入口周辺にあった苔の蒸した石祠。
良い雰囲気を醸し出しております。

戸隠山入山前の朝早い時間に到着したため、参拝客も疎ら。
杉の巨木、そして木々の間から木洩れる陽光がとても神秘的!

鳥居から約20分程歩いていくと、随神門がいよいよ姿を現してきました!

これがかの有名な随神門!
苔にむした藁葺屋根と朱色の門がとても神秘的。

この随神門は宝永七年(1710)の建立で戸隠神社のなかで最も古い建造物で、左右の像を「櫛石窓神」「豊石窓神」と称しているらしいです。

門の先は杉並木道が続いている。
なんという美しい風景でしょう♪
心を奪われる景色とはまさにこのようなものなのでしょう。

朝日に照らされた随神門。
もしヒーリングを味わいたいのなら、早朝参拝をお薦めします!

そして、随神門の先はまるで異空間のような世界が広がっていました。

まさに絶景!
まさに神域の佇まい!!
光のシャワーが差し込んで常世の世界に迷い込んだようです♪

参道の木々も神がかっている。
まるで熊野の大雲取越を踏破したときにであった神域のよう。

参道脇にたつ灯篭と石碑。
かつての修験道の大講堂跡や院坊跡であったのでろう。
戸隠や熊野といった古道の脇道にはこのような跡地が多くあり、かつての賑わいを思い起こさせます。

参道脇に祀られている飯縄大明神の祠。
飯縄大明神とは、長野県の飯縄山(いいづなやま)の霊山に対する山岳信仰の発祥と考えられる神仏習合の神。
戸隠山山頂から飯縄山の穏やかな山容を望むことができます。
荒々しい修験の山である戸隠山とはとても対照的な飯縄の神、何か大きな関係があるかもしれませんね。

途中から石段が続き、少し息が上がってきます。

途中にある滝。滝つぼの手前には「八水神」と彫られた石碑が。
ここでかつて業者は身を清めたのでしょうか?

そしてようやく奥社へ到着。
私が着いた時間は人も疎らで、登山客が数グループいただけでした。
以前は木製の社殿だったが、大雪(か土砂崩れ)により倒壊してしまい、現在の形になったと記憶。
御祭神は天岩戸伝説の主人公(?)怪力の持ち主の天手力雄命です。

奥社
創建前210年 第八代孝元天皇の五年
御祭神:天手力雄命(あめのたぢからのみこと)
神代の昔、天照大神は天の岩屋にお隠れになった時、無双の力をもって、岩戸を開いた天手力雄命を戸隠山の麓に奉斎したことに始まります。
戸隠神社の御本社として、開運、心願成就、五穀豊穣、スポーツ必勝などに御神徳があります。

参道は約半里(二キロ)、中程に藁葺の赤い随神門があり、その先に樹齢400年を超える
鬱蒼とした杉並木(天然記念物)が続いています。途中、修験道の大講堂跡や院坊跡に遺る苔むした礎石が
往時の隆盛を偲ばせてくれます。
(以上、パンフレットより)

そして、奥社脇に鎮座するのは九頭龍社。
戸隠五社の中で最も古いお社で、地主神の九頭龍大神を祀っております。

九頭龍社 創建 当社中最古
ご祭神:九頭龍大神
御神徳鎮座の年月は不詳ですが、奥社に天手力雄命が奉斎される以前、すでに地主神として奉斎されていました。現在も毎朝、神饌所で焚いたご飯を本殿にお備えするという儀式が行われ、戸隠信仰の源態を伝えています。

生命の源の水を司る神とされる九頭龍神は、古来より雨乞いの神。虫歯の神、縁結びの神として尊信され、また、心願成就の御神徳も高く、特別なる信仰を集めています。
(以上、パンフレットより)

戸隠神社と彫られた石碑と意味ありげ?な丸い球。
きっと戸隠講の信者が奉納したのでしょうか。

ちなみに、日中の参拝ですと、写真のように長蛇の列です…。
(わたしは登山と御朱印を頂くため、2日連続で参拝したのでした…)
ちなみに奥のギザギザの山が天の岩戸~戸隠山です。

御朱印

 

鏡池から見た戸隠山
最後に有名な鏡池の写真で戸隠編は終了。

次回は信濃のお社を二社ほど、書き綴っていきたく思います。