18 March 2018

スリランカ旅行記 古都ポロンナルワ ‐文明を極めた広大な遺跡群

Polonnaruwa Archaeological Park

スリランカのアヌラーダプラ~ポロンナルワ~キャンディの三都市を線で結ぶと、三角地帯が完成します。
これを文化三角地帯 (Cultural Triangle)と呼ばれ、三角形内にシーギリヤミヒンタレーダンブッラ等の世界的な大遺跡群が残っているとして知られております。

Minneriya
ポロンナルワは10~12世紀にシンハラ朝の首都だった場所で、こちらもアヌラーダプラと同様に世界遺産に登録されています。
長らくアヌラーダプラが首都でしたが、南インドのチョーラ朝の侵攻により首都をこの地に遷都したといいます。

チョーラ朝はかつての南インドのタミル系ヒンドゥー王朝。
Wikiで調べるとその規模の大きさをうかがい知ることができます。そういった外圧に対峙していた小国スリランカの国力も大したものです。

1.Royal Palace Group


The Royal Palace (宮殿跡)
こちらも入場料として25USドルを払って入場。(やはり高い。。。)

遺跡入口から入ってすぐのところにひときわ大きく重厚な遺構が見えてきます。
ここはパラークラマ・ヴァーフ1世統治時代の宮殿跡。
現在は3階分の壁しか残っていないが、建立当時は7階の高さだったといいます。

壁の厚さは何と3メートル!
ちなみに3階分は土台部で、上部4階は木製だったらしいです。

King's Council Chamber (閣議場)
宮殿跡の近くにある遺跡はかつての閣議場とも謁見(えっけん)場ともいわれております。柱には各大臣の名が彫られて、玉座などが残されております。

門前に構えているのは獅子像。
日本のお社に坐す狛犬のような像です。
ちなみに、日本の場合は、角が生えているのが狛犬で生えていないのが獅子とされていましたが、最近は簡略されているものが多いです。
ちなみに仏教寺院だけでなく、古代エジプトのスフィンクスも王様の御墓(ピラミッド)の門前神という意味あいで作られたといわれています。

閣議場の外壁には今でもライオンや人、ゾウをかたどった彫刻が残っております。
一体ごと微妙にポーズを変えておりユーモラス。

2. Quadrangle

Quadrangleとは四角い城壁に囲まれたエリアで重要な遺跡がエリア内に数多く集中していることからそう呼ばれているらしいです。

Satmahal Prasada
(サトゥマル・プラサーダ)
7階建てのピラミッドのような形状をした塔で、Quadrangleの守衛用建物とも宗教上の重要な建造物だったともいわれております。
12世紀頃、スリランカは上座部(小乗)仏教の中心地とされ、タイやビルマからもこの地に僧が訪れたといわれております。

Vatadage (ワタダーゲ)
Quadrangleの中心的な遺構であるワタダーゲで円形の仏塔です。

仁王像が門前に構えており、その奥には仏像が置かれております。
この仏塔はポロンナルワが首都になる前の7世紀頃建てられたとされております。

中心にはダーガバがあり、これはアヌラーダプラのキルティ・スリ・メーガワンナ王が建てたものとされています。

Moonstone@Vatadage
(ムーンストーン)
ムーンストーンは仏教でいう輪廻を表すものだが、かつてはこの石の上で足を洗って身を清めてから仏塔内に入ったといわれております。
ちなみに、アヌラーダプラのムーンストーンには牡牛が彫られていたが、ポロンナルワにはありません。それは、ポロンナルワが首都だった時代には既にヒンドゥー教がスリランカに入ってきたことを表しております。

Gal-Potha(ガルポタ)
こちらはガルポタという石碑で別名「石の本」。
ニッサンカ・マーラ王の命令により100キロ離れたスリランカ仏教発祥の地・ミヒンタレーから運ばれた石です。
重さは25トン!昔の平民の苦労が垣間見えます。
(イースター島のモアイ像のように石碑をオリベスクのように立てて運んだのでしょうか?)

模様のようなシンハラ語?の碑文だけでなく、ゾウや女性など色々と彫られており、とてもユーモラスで可愛い感じがします。

Hatadage(ハタダーゲ)
円形の仏塔ワタダーゲの向かいにあるのはハタダーゲ。
ハタダーゲはかつての仏歯寺跡で、12世紀にニッサンカ・マーラ王により建てられました。中には碑文が残っているという。
ニッサンカ・マーラ王は、次回のダンブッラ石窟寺院にて寺院の改築を進めた王です。

Stone Pillar@Atadage
残された石柱の彫刻。
輪廻を表す模様のなかに、男女と思われる彫刻などが精巧に彫られています。

Hatadage(ハタダーゲ)
ハタダーゲやアタダーゲに残る仏像は手足や頭が破壊されたものが数多くある。
当然南インドチョーラ朝の侵略により、都が廃墟と化してしまった影響が強いと思う。

Atadage(アタダーゲ)
しかし、観光タクシーの運転手さん曰く、かつての仏像の頭部などには宝石などが埋め込まれていて、のちに盗賊や考古物ハンターなどが破壊して持ち出していったという。

繁栄を築いていたかつての大都が朽ちていく姿はとても儚く寂しさを感じます。

ちなみに、こちらでも裸足で見学しなければなりません。
夏の炎天下で足裏がヤケドしそうになりました・・・。

3. Northern Group


Lankatilaka (ランカティラカ)
ランカティラカ寺院はクワドラングルから少し離れた場所にあり、朽ちた巨像が印象的。
13世紀にパラークラマ・バーフ3世よって建立された高さ17メートル、奥行き52メートル、幅18メートルの巨大な寺院です。

外壁にはゲディゲ (Gedige)というシンハラ建築様式の浮彫が施されており、かつての寺院の形を偲ぶことができます。
寺院内には頭のない高さ13メートルの石像はとても存在感があり、残された石彫はとても精巧な造りで当時のポロンナルワの町並みが垣間見ることができます。

Vishnu Devale
ポロンナルワ内には 仏教寺だけでなくDevaleというヒンドゥー寺院も点在しています。
こちらは最高神ヴィシュヌ神をまつるVishnu Devaleです。
これらはかつての王妃がヒンドゥー教徒だったからとも、13世紀に侵略したチョーラ人が建てたという説などがあります。

これらの遺跡、というか廃墟を見てふと思い浮かんだのはなぜか「北斗の拳」。
かつて輝いていた都の成れの果てを見ているかのようで、少し寂しくなりました。

ポロンナルワは他にも数多くの遺跡がまだまだあります。
売店近くの駐車場で少し休憩。
炎天下の暑さでしたが、雨雲が現れて小雨が降り始めてしまいました。

Rankot Vihara (ランコトゥ・ヴィハーラ)
ランコトゥ・ヴィハーラは高さ55メートルあるポロンナルワで一番の大きさを誇る仏塔で、アヌラーダプラにあるルワンウェリ・サーヤ大塔をモデルとしたダーガバ。こちらも12世紀にニッサンカ・マーラ王により建てられたもので、当時は尖塔の部分が金で覆われていたといいます。

Gal Vihara (ガル・ヴィハーラ)
そしてポロンナルワを代表する遺跡ガル・ヴィハーラ。
12世紀パラークラマバーフ1世が王だった時代に作られたものとされています。
一枚の巨岩に彫られた4体の仏像はその大きさや規模とは裏腹に、なにか哀愁のある佇まいをしております。

ハスの台座に立つ高さ7メートルの立像はなにか物悲しい顔立ちをしており、高さ4.6メートルの座像は雑念なく自然に瞑想にふけているようにみえます。

そして全長14メートルもある涅槃像はとても穏やかで、曲線がとても滑らか。
石窟内の座像もとても印象的でした。

Lotus Pond (ハスの池)
ガル・ヴィハーラをさらに北上してティワンカ・ピリマゲ寺院に向かう途中にあるハスの池。かつては僧の沐浴場だったとされています。

Tivanka Image House
(ティワンカ・ピリマゲ寺院)
そして、最後にティワンカ・ピリマゲ寺院。
寺院内部には13世紀頃の美しい壁画が描かれているが、保存のためストロボ撮影禁止。
ティワンカ・ピリマゲという名の由来となった仏像もありますが、やはり頭部が破損しています。

敷地内に今だ数多くの遺跡が地中に眠っているといわれているアジア有数の大遺跡群。
とても印象に残った探訪でした。

次回も世界遺産。
「黄金寺院」ダンブッラ石窟寺院です。