10 May 2018

甲斐の社 甲斐国二之宮 美和神社

美和神社
(山梨県笛吹市御坂町二之宮1450-1鎮座)

両部鳥居
甲斐の国のお社巡り。
今回は甲斐国二之宮とされている美和神社です。
美和神社はかつて古墳や国衙(現在の役所)などがあった御坂周辺に鎮座しているお社で創建は景行天皇の御代とされています。

笛吹川の支流に沿って続く一本道の参道は(途中までアスファルトになっているが)とても長くかつての面影を垣間見ることができます。
木製の両部鳥居もとても立派。いざ神域へ。

参道
鳥居をくぐって境内へ。
赤い幟が鬱蒼とした杜の中に映えています。

境内
境内は広々として社域の外には児童公園があります。
とても良い雰囲気です。
本神社は甲斐国二之宮で、日本国史(日本書紀や日本三代実録など六書の国史)に記載がありますが、何故か延喜式神名帳には記載されていません。
このような神社のことを「国史見在社」といわれております。
本ブログだと、櫟谷宗像神社(京都)・神崎神社(千葉)・息栖神社(茨城)などが国史見在社に比定されています。

賽石
そして、参道の中央に賽石なのか、百度石なのか、一本の石が立っています。
確か甲斐国一宮の浅間神社での拝殿に向かって同様の石が立っていました。
なにか関連があるのでしょうか?

まるで烏帽子のような形をした印象的な岩ですね。

本神社の祭神は大物主命で、景行天皇の御代に、日本武尊の命により甲斐国造塩海足尼が大和国の大三輪(大神)神社を勧請して祀ったのがはじまりとのことです。
因みに日本武尊と塩海足尼については、のちに掲載する酒折宮で登場してきます。

また、山宮は本神社から東の尾山地区(みさか桃源公園の近く)に鎮座する杵衝神社とのことで、本神社は里山という位置づけです。

拝殿
美和神社由緒
当美和神社は景行天皇の御代日本武尊により甲斐国造塩海足尼が大和の大三輪神社から勧請し奉った甲斐國内での古社である。
祭神は大物主命で木造衣冠立姿の御神体は平安時代の様式をもち重要文化財に指定されている。

本殿
後醍醐天皇の御代に一時杵衝神社と称し奉ったが一條天皇の御時甲斐國第二之宮の号を賜り年々一宮浅間神社、玉諸神社と共に甲斐国の水防の祭儀を執行その御幸は國内をあげての大祭であった。
ために代々その國主の崇敬も厚く、社領の安堵社壇の造営も行われそれらの由緒を示す社宝も見るべきものが多い。

御神木
社宝としては数々のものを保存しているがその主たるものをあげると次のようである。
一、大物主命神像 平安初期の作
一、板絵着色三十六歌仙 永禄六年信玄・義信寄進 沼津与太郎忠久筆
一、具足一領(信玄元服の具足) 永禄九年信玄寄進
一、馬鞍一乗 武田義信の寄進
一、一口(三尺二寸八分) 八幡太郎義家家奉納
一、太刀壱振 松尾源十郎信豊寄進
一、制札(境内取締の定書)天正七年武田勝頼・天正十四年徳川井家康掲示
一、勅願(正一位美和大明神) 弘安四年後宇多天皇御下賜
一、二之宮祭札帳(天正年間の祭礼の記録)
古来より伝わる太々神楽は県無形文化財指定
(以上、美和神社境内掲示板より)

神社脇には天照大神、毘売神がひっそりと祀られています。
その脇には何故か真ん丸石も奉られています。

末社の前にも磐座がありました。
甲斐には、数多くの磐座や奇石が多く、いまだに磐座信仰が根強く残っています。
次回山梨を巡る機会があれば、磐座巡りを中心に回りたいです。

神楽殿
境内の周囲はとても物静かで、参拝していてとても心落ち着く甲斐國二之宮でした。

次回も引き続き甲斐のお社です♪