1 May 2018

甲斐の社 甲斐国一之宮 浅間神社

浅間神社
(山梨県笛吹市一宮町一ノ宮1684鎮座)

大鳥居
「神社巡り」をしている、と言いながら甲斐國(山梨県)のお社には御縁がなかったのか、なかなか詣でることが叶いませんでした。
今回機会があり、式内社を中心に甲府~山梨市周辺を中心に巡ることができました。

まずは甲斐國一宮で名神大社の淺間神社についてです。

甲州街道「一宮浅間神社入口」の交差点の先に浅間神社が坐しております。

隋神門
浅間神社は、境内から東南2.5キロ離れた神山の麓に鎮座している「山宮神社」の里宮で、貞観七年(865年)に富士山噴火鎮護の目的で鎮座された山梨県最古の神社の一つと言われていて、御祭神は木花開耶姫命です。

境内
境内は1ヘクタール余りで一宮にしてはこじんまりしつつも、良く手入れされてとても心地よく心鎮まる雰囲気です。

拝殿前の注連縄
拝殿は寛文12年(1672年)に建立されたものとのこと。

浅間神社は冒頭でも記したとおり、神山の麓にある「山宮神社」から三柱の御祭神のうち木花開耶姫命を遷座してます。
現在でも「山宮神社」では、他二柱である大山祇命と天孫瓊瓊杵尊を御祭神として祀っています。
檜皮葺春日造の本殿や夫婦杉などが境内にあるらしく、機会があれば詣でてみたいです。

拝殿
淺間神社 
御祭神 木花開耶姫命(別称 吾田鹿葦津姫命・桜大刀自命)
天孫瓊瓊杵尊の妃で皇室の始祖大御母

扁額「第一宮」
御由緒
第十一代垂仁天皇八年(約2000年前)正月始めて神山の麓にお祀りされた。
今ここを山宮神社と称して摂社となっている。
第五十六代清和天皇の貞観七年(865年)十二月九日木花開耶姫命を現在の地に御遷ししてお祀りされている。
甲斐國一宮であって延喜の制に於ける名神大社である。
明治四年五月十四日国弊中社に列格。
本殿は入母屋向拝造銅板葺、拝殿は入母屋唐破風拝造銅板葺である。
(以上、参拝の栞より)

石神(枕石)
社殿の向かいに立つ石神。
甲斐國二宮とされている美和神社の境内にも同様の石神様が坐しています。
賽神としての歴史的な意味合いがあるのか、それともかつての百度石だったのかは定かではありません。
(神社公式HPによると、「不詳。多分、子持石の横に在ったものか」とのこと)
まるで皇大神宮(伊勢神宮内宮)の御正殿前にある御贄調舎のようです。
(少し考えすぎかな??)

神楽殿と神輿庫
さて、甲斐國の名神大社であり一宮でもある「浅間神社」は、ほかにも八代郡市川三郷町に鎮座する「一宮浅間神社」や南都留郡富士河口湖町に鎮座する「河口浅間神社」などが論社として挙げられています。
他の二社については機会があれば参拝しようと思いますが、当方は(今のところ)この浅間神社こそがかつての名神大社であったと推測します。

祓門と十二支石像

過去の文献によると、貞観6年(864年)5月に富士山の貞観大噴火が始まり、同年7月に噴火により本栖海(本栖湖)と剗の海が埋没してのちの青木ヶ原樹海となってしまった。
卜占により、甲斐国でも祭祀すべきと下命し、貞観7年(865年)12月9日に御由緒のとおり浅間明神祠が祀られ官社に列したといいます。

考えてみると、噴火間もない時期に噴火口近くに社を建てるのは考えられにくいし、早急に祀ること及び鎮魂を目的とした社であれば、かつて甲斐国府があった当社地周辺に建てるのが自然であるように思えます。境内から富士山は望めませんが、噴煙は見えたはずですから。

真貞社と神明社

本殿脇には甲斐八代郡擬大領で浅間明神を祀る本神社を建て、神官(祝)に任じられた伴真貞を祀った真貞社が鎮座しています。
経緯としては・・・
ある晩、浅間明神が伴真貞に神がかりして
「はやく神社をさだめ明神を祀るのじゃ!」
と、浅間明神の託宣をのべたことから建てられたといいます。

夫婦梅と本殿
本殿脇には県指定天然記念物の夫婦梅が満開!
淡いピンク色でお社を鮮やかに彩っていました。

神饌所と御神田
ちなみに、社務所裏手には神様に御供えする御神田もありました。

大鳥居から甲府盆地・日本アルプスを望む
大鳥居周辺からは、ブドウや桃の果樹園が広がる甲府盆地、そして南アルプスが一望できます。 雪に覆われた山脈の山容がとても美しいですね♪

次回は、富士吉田登山道の玄関口に建つ北口本宮浅間神社です。