14 May 2018

甲斐の社 物部神社 石和御室山に坐す二座の式内社

物部神社
(山梨県笛吹市石和町松本615鎮座)

御室山
石和温泉駅のホームから見える一見ただの里山。
しかし、この山は大蔵経寺山、かつては御室山と呼ばれた神南備で、山の中腹には古墳があり、山の麓には延喜式神名帳に記載された二座の式内社が鎮座しております。
まずはそのうちの一社、物部神社についてです。

物部神社は大蔵経寺というお寺の内にひっそりと鎮座されています。
お墓に囲まれた参道は少々寂しさを感じます。
かつてこの社は物部十社明社と言われており、御祭神は物部氏の御先祖である饒速日命とその御子神可美真手命をはじめとした物部祖十神です。

御由緒にもある通り、真言宗大蔵寺はかつて物部神社の宮寺であったが、現在は立場が逆転してしまったようです。

物部神社御由緒 
物部十社明社といい、物部氏の御先祖である饒速日命その子可美真手命より十神をお祀りする神社です。
饒速日命は神武天皇が大和国平定の折り勲功を立てそれ以来代々朝廷にお仕えし、垂仁天皇の御代に物部(朝廷を警護し武事を掌りし部族の総称)の姓を賜り大連(朝廷の政務を 補佐し国務大臣に相当する職)として国政に参与し、一家一門はこの地を中心に繁栄し隆昌をきわめた。

拝殿
又物部神社は延喜式神名帳、三代實録等の古典に記録されており、それによると、清和天皇の貞観五年六月八日に甲斐国 従五位下勲十二等。
同八年三月二十八日正五位下。
同年閏三月一八日従四位下。
同十八年七月十二日従四位上と更に陽成天皇の元慶三年二月八日正四位上、物部神従三位の位と田三十四町歩を賜る。

本殿
往古は山梨の郷御室山に鎮座したが後世此の地に遷し祀る。
現在御室山に旧蹟があり、
古今集にも「神垣の御室の山の榊葉は神の御前に茂り合いけり」と詠じてある。
又、醍醐天皇が延喜の制度を施行された折一の宮として国幣に預り本国屈指の名社のみならず此の地方の鎮守神として古来より上下の信仰厚く、文化発展の中心となり、古代の石器、土器類が発掘された。
本殿裏手の社叢
後世、徳川家より黒印二石四斗五升を賜る。
旧社殿は明治二二年二月一二日 夜拝殿より出火焼失。
真言宗大蔵寺は当社の宮寺であった。
御本殿は「流造桧皮葺」拝殿「入母屋瓦葺」である。
古代には甲斐國随一の神社であり、最古の神社として今に伝えられている。
再建は大正元年十月吉日である。

本殿と境内社
物部氏の祖十神
櫛玉饒早日命(くしたまにぎはやひのみこと)
可美真手命(うましまでのみこと)
宇麻志麻治命(うましまじのみこと)
味饒日命(うましにぎひのみこと)
大椋麻桙命(おおくたきをのみこと)
大新川命(おおいにかわのみこと)
彦湯支命(ゆにゆきのみこと)
大木食命(おおきくひのみこと)
伊香色雄命(いかがしきをのみこと)
十千根命(とうちねのみこと)
を祀っていた。
(以上、境内掲示板より)

本神社から徒歩30分ほど登った先には御室山古墳という6世紀末の積石塚円墳があり、この山周辺は重要な聖地のひとつだったと思われます。

次回は重要文化財にも指定されているもう一つの石和御室山に坐する式内社についてです。