16 May 2018

甲斐の社 山梨岡神社 石和御室山に坐す「キ神」を祀る式内社

山梨岡神社
(山梨県笛吹市春日居町鎮目1696鎮座)

社頭 背後には御室山(大蔵経寺山)
山梨岡神社は物部神社と同様に大蔵経寺山こと御室山の麓に坐するお社。
社前からは御神山と崇めている御室山を拝むことができます。
山の中腹には山梨岡神社の旧社地・御室山古墳があり、旧社地は神聖な場所とされ、かつては祭日に神輿が登っていたといいます。

郡石
社前には藤の木、そして郡石と呼ばれる石が。
この石はかつて郡の境石だったといわれています。

拝殿
神橋を渡り社殿へ。
創建は人皇十代崇神天皇の御代。
国内に疫病が流行し災害も多かったため、勅命により御室山頂に創祀され、成務天皇の御代に麓の梨樹を切り拓いて神戸に遷し「甲斐ヶ根・山梨岡神社」と号したと伝わっている古社で、「やまなし」語源発祥の地。
本神社には国指定重要文化財である本殿があり、室町時代末期の築造といいます。

扁額
この神社で興味深いのは「夔(キ)の神」の神像が祀られている日本唯一の神社という点です。
「夔の神」とは、もともと「山海経」に出てくる古代中国の奇獣で、一本足の牛のような獣のこと。
本神社地域では雷・魔除の守護神とされていて、古くは10年に一度、現在では7年に一度の例祭日に開扉が行われているといいます。
本神社に纏わる霊験譚は、江戸時代後期の妖怪ブームに乗っかって広まったといい、江戸城大奥へも本神社の神札を献上したと言われたほどらしいです。

詳細はウィキペディアなどで「キ(中国神話)」で検索すれば色々と記述されていますので、ご参照ください。

山梨岡神社の由来 
鎮座地 春日居町大字鎮目字宮の前1696番地
由緒
延喜式神名帳に載る古社で、旧社格は郷社である。人皇十代宗神天皇のとき、国内に疫病が流行し災害も多い故、勅命により御室山頂に創祀され、その後、成務天皇の御代に麓の梨樹を切り拓いて神戸に遷し「甲斐ヶ根・山梨岡神社」と号したのである。
「やまなし」の語源発祥の地であり、大字「しずめ」の地名も往古軍団が屯した名残である。

本殿(室町時代末期の築造)
祭神
大山祇神、別雷神、高龗神
祭日
四月四日、五日 摂社吾妻屋宮の御神体を迎え、虫加持、太々神楽の執行、神輿の渡御があり盛大に行われる。
文化財
(一)本殿(付棟札) 国指定重要文化財
一間社隅木入春日造、向拝付 屋根こけら葺
室町時代末期の建築様式で、飛騨の工、造営となっている
(二)太々神楽(二十四種類) 県指定無形文化財
(三)夔の神(雷、魔除の守護神) 町指定文化財(民俗)
(四)ふじ 町指定天然記念物
(五)社宝 武田信玄公社参状、禁制、山争論裁許状、御朱印状、その他
尚神社を中心に裏山一帯は歴史景観保全地区として県指定

神楽殿と和歌の石碑

古歌
甲斐かねに咲にけらしな足引きの
やまなし岡の山奈しの花
能因法師 
あし曳の山梨岡に行水の
たえすぞ君を恋わたるべき
詠人不知 
春日居町
(以上、境内掲示板より)

本殿裏の境内社
本殿裏には境内社、そして御神山へ続く登山道がありました。

御室山
山梨岡神社の背後にある山。
山梨岡神社の岡は御室山を指し、古来より神のいる場所として信仰されてきた。
中腹には山梨岡神社旧社地・御室山古墳がある。旧社地は神聖な場所とされ、かつては祭日に神輿が登っていた。
御室山古墳は積石塚の円墳で直径11m、高さ2m。石室は南西方向に開く無袖型横穴式石室で、全長7mである。
また、毎年4月上旬には御室山では笈形焼が行われる。
笈形焼は笈を模した一辺400mの日本一の規模を持つ山焼きである。
昭和63年(1988)4月に復活した。
山梨岡神社には笈形焼の場所や御室山周辺の様子等を記録した「山争いの図」が保管されている。
山梨県・春日居町

神池
境内の神池には梅の花が咲いていました。
とても風情を感じます。

御室山中腹に坐する摂社吾妻屋宮、そしてかつての社地であった御室山古墳、そして「やまなし」起源の聖なる山、御室山も機会があれば登拝できればと思いました。

古代~近世にかけて様々な側面をもつ歴史を感じる興味深いお社でした!

次回は連歌発祥の地に鎮座するお社です。