27 May 2018

出雲路を歩く 宇美神社 雲州平田の思い出深い古社

宇美神社
(島根県出雲市平田町688鎮座)

以前パソコンがクラッシュしてしまい、画像データがなくなったと思っていましたが、ある日気まぐれに立ち上げてみたら、なんとまだデータが残っていました!
そして過去に撮った画像を整理していたら、宇美神社のしっかりとした画像を発見しましたので、遠い記憶を頼りにアップしてみたいと思います。

石鳥居と神門
宇美神社は、木綿街道で有名な島根県平田に坐するお社。
出雲国風土記にて盾縫郡沼田郷とあり、当社は「宇美社」として記さており、延喜式神名帳にも記載のある古社です。

落ち着く境内と拝殿
「宇美社」とは、元々は平田の日本海沿いの漁村である塩津町の石上神社であったらしく、その後室町時代に、奥平田町愛宕町廻(さこ)に遷り、現在の宇美神社へ遷座されたようです。

沼田郷(ぬたのさと)の廻(さこ)の奥平田町愛宕町の丘陵上にあって、廻大明神と呼ばれました。 
ただし、塩津町の石上神社がもとの宇美神社であったが、沼田郷の土豪長廻氏が廻の奥に移したという伝承もあります。 
さらに、「出雲国風土記」の沼田郷の地名伝承によれば、宇美神社の祭神は海神である宇能遅比古命であるべきだが、現在は宇美神社、石上神社ともに布都御魂神という剣神です。 
(出雲観光ガイドホームページより抜粋)

ということは、現境内にはもともと熊野三山から勧請された「熊野大明神」があったが、それに愛宕町廻(さこ)の丘陵地にある廻大明神(宇美神社)が合祀され、歴史の変遷によりご祭神も海神から国譲り神話で大国主命ら国津神と戦った天津神に代えられたということなのでしょうか?

太い注連縄
宇美神社御由緒略記 
式内社 宇美神社
主祭神 布都御魂神
配祀神:熊野神社・伊弉册尊、速玉之男命、事解之男命、春日大明神・天児屋根命、若宮大明神・太玉命、手力男神、大歳大明神・大歳神
御由緒
出雲國風土記(天平五年=733年)に当社は盾縫郡沼田郷とあり、当社は「宇美社」として記される古社であります。
社号「宇美」の起因は、祭神布都御魂神が出雲国の御来臨の際、海上より御上陸になった所からこの社号ありと伝えられ古来より国家鎮護、民生安穏、百事成就の守護神又は武勇神として尊信されております。

本殿
現境内地には応永元年(1394年)本領小村家、杉原家の祖により紀伊熊野三山から御分霊を勧請した熊野権現社として奉称され、その後天正十六年(1588年)廻(さこ)田に御鎮座の本領長廻家の氏神である廻大明神(宇美神社)を始め天満宮、春日神社、若宮神社、大歳神社、伊勢宮の七社をここに合祀しています。
その後社号は熊野権現社、熊野神社、平田権現、平田神社、宇美熊野神社、或は俗に眞薦の宮などと称されました。明治五年に宇美神社と改称。
昭和五十六年に島根県神社庁より特別神社の指定を受け今に至る古社であり名社であります。
(以上、境内案内板より)

左:出雲独特の狛犬 右:亀趺(きふ)

境内には歴史を感じる狛犬と亀趺。
亀趺(きふ)とは亀の台座のことで日本では江戸時代に始まったものとのことです。
境内には平田一色飾や興味深い境内社など多くあるようです。

清潔感ある境内
私事ですが、お社巡りに目覚めたきっかけは、ここ出雲の地を巡ったことでした。
出雲大社の境内、山の中にあった神秘的な磐座や老木・巨木に囲まれた社叢、そして古代史のロマン。
それらはまるで当時の私にとって「異空間にいる」ような気持ちになり、時には心が鎮まり、そして時には心揺さぶられる『異空間』だったと今でも記憶しています。

出雲を巡ってから約10年。
その間も数多くの感動的な『異空間』に巡り合えることができ、それは日本だけでなく世界にも数多くあることも実感しています。
そして、こういった巡礼は時間とお金と体力が許す限り続けていきたいです。

雲州平田の街並み
雲州平田、そして出雲はいつか必ず帰りたい地のひとつ。
願いが叶いますように。

尚、この地については過去に当ブログにて掲載しておりますので、よろしかったらリンク先も読んでみてください。
Link ⇒ 平田の街並みと木綿街道