6 May 2018

富士信仰 歴史の道 富士山登山道 馬返・一合目~五合目まで


北口本宮富士浅間神社
数年前のゴールデンウィークに富士山登山に挑戦しました。
といっても、富士山一合目から五合目までのハイキングです。

本来は北口本宮富士浅間神社が「登山口」。
現在も北口本宮から馬返まで吉田遊歩道というかつての登山道がありますが、現在はバスで馬返まで移動することができます。

9:50 富士吉田口馬返
(標高1450メートル)

北口馬返
バスの終点、北口馬返からいざ登山開始です!

平安時代の久安五年(1149年)に、末代僧侶が富士山頂に大日如来を本尊とする大日寺を建てたとする記述があり、その頃から修験道としての富士登山を行っていたといわれています。

富士講石碑群
馬返の脇には多くの石碑が立っています。
現在、吉田口登山道には仏像や神像などが80体以上残存しており、富士山信仰隆盛の一端を伺えます。

富士守稲荷神社
しばらく進むと小さな祠が。
石々に生した苔がなんとも美しいです。

石鳥居
参道を進むと石鳥居が立っています。
ここからいよいよ神域へ。

庚申像
鳥居両脇には富士山の使いとされる2体の猿の石像が合掌。
その先には富士山禊所の石碑などがありました。

10:10 一合目 鈴原天照大神社
(標高1520メートル)

一合目 鈴原天照大神社
一合目に到着。
鈴原天照大神社の覆屋がひっそり佇んでいます。
周囲の石碑は東日本大震災の影響で悉く倒壊していて、少し心が痛みます。

歴史を感じる石畳の登山道。
道脇には朽ちた建物が随所にあり、富士講の栄枯盛衰を感じます。

10:35 二合目 御室浅間神社
(標高1700メートル)

二合目
約30分程進むと二合目に到着。
二合目にある御室(小室)浅間神社は文武天皇三年(699年)に奉斎した富士山最古の神社といわれています。
和銅元年(708年)に祭場の形を造り、養老四年(720年)、大同二年(807年)に雨屋・社殿を造ったが、富士山噴火のため焼失したと伝わります。

冨士御室浅間神社本殿跡
その後、本殿は昭和49年に富士河口湖町勝山の里宮に遷祀。
朽ちた社殿がかつての隆盛を想起させます。

御室浅間神社奥宮

尚、冨士御室浅間神社奥宮の祠の周囲には熊除けなのか盗難防止なのかフェンスが張っています。
尚、毎年6月に奥宮祭が斎行されているとのことです。

この地点に橋が架けられていたが、これは噴火時に流れた溶岩によって出来た岩肌です。
まるで「溶岩の川」のようです。

所々に廃墟と化した茶屋跡や神社跡が点在しています。

この辺りから少しづつ勾配がきつくなってきます。
石畳の登山道も所々にあり、かつて多くの登拝客が往来していたのかな、と思いを馳せる。

11:00 三合目 中食堂
(標高1840メートル)

三合目
三合目に到着。
やはり廃墟のみが残っています。。。
三合目はかつて三軒茶屋、或いは中食堂とも呼ばれており、見晴茶屋と蜂蜜屋という二軒の茶屋と、三社宮が並んでいたといいます。

そして、ここ三合目でようやく眺望が開けてきます。
見晴らしが良いと疲れも吹き飛びます!

11:25 四合目 大黒天

四合目 大黒天
三合目で少し休憩した後、しばらく登ると四合目の標識を発見。
ここはかつて大黒天を祀っていたらしいです。

さらにズンズンと登っていきます。
石畳の登山道の登山道も湿っております。

さらに登っていくと、また廃墟のような建物が見えてきました。

11:30 四合五勺 御座石
(標高1970メートル)

四合五勺 御座石
井上小屋という五合目焼印所があった場所で、眺望も開けてます。
小屋の左脇には御座石という岩場があります。

御座石
御座石とは神が依りつくとされた岩のことで、かつてはこの岩の上に浅間明神と日本武尊が祀られていたとのこと。
かつての「女性禅定の道立」の場とされ、江戸時代は二合目以上は女人禁制の場とされていましたが、戦国時代の頃までは女性はここまで登ることができたといいます。

よく見ると「富士講」によって岩に刻まれた『日本橋』の文字が残っています。
(今でいうところのイタズラ書きと同じ行為でしょう・・・)

五合目に近づいていくにつれて残雪が目立つようになりました。

12:10 五合目 中宮

五合目 中宮
五合目中宮に到着。
中宮は「天地の境」とされ、ここから上の砂礫地の石山(焼山)と下の木山の森林帯との境となっていおり、かつてはここで遥拝していたとのことです。
またここより先は富士山の神仏が住まう神域とされ、古くはここより先に小屋を建てることは許されなかったといわれています。

中宮には中宮三社と言われる大日社・稲荷社・浅間社があり、「たばこ屋」「不動小屋」「早川館」「和光小屋」と呼ばれていた山小屋が昭和初期まで存在していました。

五合目からしばらく行くとアスファルトの道路が。
現実世界に引き戻されたようです。

アスファルトを横切り、再び登山道へ。
現五合目の佐藤小屋に向かいます。
標高が上がったせいか、登山道も完全に雪に覆われています。

12:30 佐藤小屋
(標高2300メートル)

佐藤小屋
そしてようやく佐藤小屋に到着!
約2時間30分、標高差800メートル強のハイキングでした。
あまり標高差ほどの疲れも感じず登ることができました。

富士山の眺め
富士山の眺望は・・・残念ながらゼロです。

富士吉田と富士の山並み
しかし、見晴台からは富士吉田の街並み、そして我々が登ってきた道程がよく見えます。

河口湖
河口湖もとても美しいです☆
汗をかいて自らの足で進んだ目的地の風景は格別です!

六合目への登山道
六合目から先は時期的に山開き前ですので、立ち入り禁止となってました。

小御岳道
五合目から富士スバルラインへは小御岳道を進みますが、道が雪で完全に覆われていました。もし滑べったら、最低数十メートルは滑落すること必至です。
ゴールデンウィークあたりにこのルートで登る場合は、念のためアイゼン(もしくはポール)は必要かと思います。

今までの道程の中で一番身の危険を感じた地点でしたが、何とか無事に手すりがあるところまで移動できました。

13:30 富士スバルライン五合目
(標高2305メートル)

富士スバルライン五合目
ようやく富士スバルライン五合目に到着!
さすがGWともあって、大変な大賑わいでした。
小御嶽神社に参拝することも忘れ、新宿駅直行の路線バスに飛び乗って下山しました。

富士山一合目から五合目までの登山道は、趣ある石畳の登山路や石碑など歴史を感じる点もありましたが、同じ世界文化遺産 熊野の雲取越(熊野那智大社~大雲取越~小雲取越)と比較すると、物足りなさを感じました。

閉鎖して廃墟と化した山小屋や神社跡は、遺跡・史跡とも違いクリーピーな雰囲気でしたし、果たして保存すべき価値があるのかな?と思いました。
といいつつ、変に手を加えるのも不自然でもあるし、様々な権利問題があるかもしれませんので、難しい問題かもしれませんが。

次回以降も甲斐國の古社です♪