8 May 2018

駿河の社 東口本宮冨士浅間神社 須走登山口起点の社


白鳥居
静岡県須走に鎮座している東口本宮冨士浅間神社。
数年前に、富士演習場の総合火力演習の見学へ行った際に参拝しました。

鬱蒼とした鎮守の森に囲まれて、周囲とは対照的にとても静かで心が鎮まります。
本神社の創建は大同二年(807年)で、富士山大噴火の鎮火祭の跡地で現在の社殿の地に神を祀ったことが発祥とされております。

隋神門
その後、江戸時代には駿河と甲斐を結ぶ交通の要衝として須走宿は栄え、宝永大噴火により神社は全焼したものの、のちに当時この地方を治めていた小田原藩主大久保加賀守によって再建。
庶民信仰「富士講」が流行していた時流に乗って、冨士山登山の玄関口として賑わったといいます。

富士塚 「獅子の子落とし」
この狛犬は昭和初期に寄進されたもので、隋神門の両脇に置かれています。
岩場に蒸した苔や草がとても趣を感じます。

隋神門の両脇には、随神(門神)として、櫛岩間戸神と豊岩間戸神が鎮座し、裏の両脇には例大祭で担がれる富士山神輿が二基納められています。

社殿
社殿は本殿・幣殿・拝殿が一体となっている権現造で、現在の社殿は宝永大噴火により損壊した後に再建されたもので、当時の遺構をそのままに修復・修繕を行ってきたといいます。

本殿
東口本宮冨士浅間神社 
御祭神
木花咲耶姫命、大己貴命、彦火火出見命
御由緒
平安時代初頭、延暦二十一年(802年)に富士山東脚が噴火。時の国司・郡司(朝廷の役人)は逃げ惑う住人のために鎮火の祈願を行うため、富士山東面・須走の地に斎場を設け、鎮火祭を斎行した。すると、同年の初申の日に噴火が収まった。
この御神威を畏み、報賽するために大同二年(807年)に鎮火祭の跡地・現在の社殿の地に神を祀り、同年四月初申の日を例祭日に定めたと伝えられる。
江戸時代には富士山東口(須走口)登山道本宮として須走の宿場町と共に、江戸庶民の信仰・富士講の登拝者たちで栄えを賑わった。
明治維新からは県社として名を連ねた。
富士山構成資産として、世界文化遺産に登録された。
(以上、参拝の栞より)

富士山の登山口は、富士吉田口、富士宮口、須走口、御殿場口等がありますが、須走口が最も変化に富んで楽しい山登りができる登山路といわれています。
(富士吉田口:人工的で人が多い、富士宮口:距離は短いが急な直登)

是非、このお社に再訪して須走口から富士山登拝してみたいと思います!

御朱印

富士演習場見学


本来の目的は富士演習場で毎年開催される総合火力演習の見学でした。
10式戦車と90式戦車が並んで展示されていました。
(当然対空砲火砲などの車両も展示されていました)

実際に戦車が走るスピードってめちゃくちゃ速い!
陸自ヘリも迫力満点!!

色々遊んでしまってしっかりとは見学できませんでしたが、とても楽しめました♪