13 June 2018

武蔵の式内社 布多天神社 「墓場鬼太郎」「無能の人」 所縁の古社

布多天神社
(東京都調布市調布ヶ丘1-8-1鎮座)

社頭
穴澤天神社に続いては、東京都調布市に鎮座する布多天神社についてです。
調布といえば、漫画家水木しげる先生やつげ義春先生ゆかりの地。
両巨匠の作品に登場するのが、ここ布多天神社です。
(こんなくだりにしてしまい、申し訳ありません・・・)

境内
京王調布駅から天神通りを進み徒歩5分程度で本神社に向かうことができます。
駅周辺はとても賑やかですが、境内に入ると静かで心落ち着きます。

布多天神社は延喜式神名帳「多磨郡八座」の一座 布多天神社に比定されている古社で、創建年代は不明。社伝によれば第11代垂仁天皇の御代約1940年前の創建とのことです。
もともとは調布市布田五丁目五十三番地にある「古天神」に鎮座していたが、文明年間の洪水によって文明九年(1477年)に現在地へ遷座、同時期に御祭神である少彦名命に菅原道真公を配祀したといいます。

社殿
現在の「古天神」は児童公園ですが、周辺を宅地開発する目的で行われた昭和五十五年の発掘調査により、一万年前の旧石器や縄文時代の生活の跡、5世紀頃円形周溝墓や七世紀頃の竪穴住居跡等が発見され、さらに鎌倉~室町時代の地下式横穴墓が発掘されたといいます。

漫画の通りに、本神社奥の雑木林に『墓場鬼太郎』が住んでいたとされていても何ら不思議ではありません。(きっと、水木先生は知っていたのかもしれません。現社地の裏も実際に墓地ですので・・・)

拝殿
さて、江戸時代には社前に甲州街道が作られ、上石原・下石原・上布田・下布田・国領の五宿ができ「布田五宿」と呼ばれました。
当時、布多天神社は布田五宿の総鎮守であり「五宿天神」と呼ばれ、現在は「調布総鎮守」として崇められております。

本殿
延喜式内 布多天神社 
祭神 少名毘古那神・菅原道真命
本殿 宝永三年再建木造流造
境内地 約3200坪
由緒
当神社は延喜式(第六十代醍醐天皇の延長五年(927)に制定された法典)第九巻に名を列ねる多摩郡でも有数の古社である。
もと多摩川畔の古天神というところにあったが、文明年間(1469~87)多摩川の洪水を避けて、現在地に遷座された。其の折、祭神少名毘古那神に菅原道真命配祀したと伝えている。

境内社 金毘羅神社・大鳥神社
社伝によれば往古、広福長者という人が当社に七日七夜参籠して神のお告げをうけ、布を多摩川にさらし調えて、朝廷に献上した。これが本朝における木綿の初めとされる。帝この布に調布(テツクリ)と名づけられ以来この辺りを調布の里をよぶようになったという。
 寛政八年(1796年)建立の狛犬一対

本殿は宝永三年(1706)、覆殿は昭和四十年、幣殿拝殿向拝は昭和六十年の造営にかかる。(社殿約72坪)
毎月二十五日の例祭日に奉納神楽があり境内には布がたち参拝者で賑わう。末社に金毘羅神社、稲荷神社、御嶽神社、祓戸神社、疱瘡神社、大島神社、厳島神社がある。
文化財 
天正十八年(1590)の豊臣秀吉の制札
宝永三年(1706)再建の本殿及び棟札一枚
寛政八年(1796)建立の石造狛犬一対
(境内案内板「布田天神社 宮司護記」より)

社殿脇には左より、御嶽神社・祓戸神社・疱瘡神社の石祠、そして稲荷神社が鎮座しています。

境内にはその他末社として八幡神社(?)、境内の木の下に厳島神社の石祠が坐しています。
どの石祠にも御幣がされていて、とても手入れが行き届いています。

そして天神さまを祀っているので、なで牛もあります。

境内
本神社で有名なのは毎月25日に開かれる「骨董市」。
約200年程前には「天神の市」として開催されていた歴史あるフリーマーケットです。
ちなみに、つげ義春作「無能の人」シリーズの「カメラを売る」でのラストシーンで本神社の骨董市が使われております。

御朱印

なにか少し「影のある」調布の町を長きに亘り鎮守してきた布多天神社は、調布の歴史と共に歩んでいるといっても過言ではありません。

<おまけ>
天神通り

調布駅から境内へ延びる「天神通り」という通りがあります。

天神通りにはゲゲゲの鬼太郎シリーズのキャラが多く祀られています!


次回も調布市の式内社についてです♪