9 June 2018

武蔵の式内社 多気比売神社 椎の巨樹茂る「姫宮社」

多気比売神社
(埼玉県桶川市篠津58鎮座)

武蔵国足立郡のお社巡り、続いては埼玉県桶川市に鎮座する多気比売神社です。

赤堀川

多気比売神社は、JR高崎線桶川駅からバスで約20分程のところに鎮座しています。
本神社の脇には元荒川の支流・赤堀川が流れており、川の向こうには工業団地があります。神社の御由緒によると、赤堀川の対岸にある工業団地一帯はかつて「篠津沼」という大きな沼があったそうです。

社叢
バス停から赤堀川を渡って神社へ向かっていくと、「いかにも社叢」というこんもりとした鎮守の森が見えてきました。

社頭
社前へ向かうと境内の木々の大きさに圧倒。
特に印象的なのは鳥居脇にあるモコっとした大シイ。
高さ13メートル、根回り6.7メートル、枝張り17メートル、東西14メートル、樹齢は約600年と推定されている本神社の御神木です。

扁額
「式内 多氣比賣神社」の社号標も新旧共にしっかり保存されています。

多気比売神社は、延喜式神名帳にて「武蔵国足立郡 多気比売神社」と比定されているお社で、創立は三代安寧天皇の御代といわれ、武蔵国内では多摩市の小野神社と並んで最も古い神社とのこと。
江戸時代は「姫宮社」と称していたとのことです。

両部鳥居
木製の両部鳥居の先に一本の参道が伸び、その先に社殿が坐している。
参道脇には苔が生していて、陽光に照らされて神秘的な佇まいです。

「式内社 多気比売神社」については、さいたま市緑区三室に鎮座する氷川女体神社が論社とされています。
両社に共通しているのが、かつての沼沿いで船着き場前のお社であったという点。
氷川女体神社は幽玄的というかどこか威圧感のある凛とした雰囲気だったのに対して、本神社はとても大らかで開放的な心和む雰囲気のように感じます。(天気のせいかな?)

手水舎と境内
そして、境内へ。
こじんまりとした広さだが、大シイ以外にも見事な巨木・老木が生い茂っています。

境内
社殿脇にある巨木も存在感が半端ありません!
このようなお社は本当に私の好みです!!

拝殿
多気比売神社(たけひめじんじゃ)御由緒 
桶川市篠津58
御祭神
豊葦建姫命(とよあしたけひめのみこと)
御縁起(歴史)
「延喜式」神名帳に載る足立郡四座のうちの一座「多気比売神社」に比定されている当社は、篠津の集落の南に、赤堀川を望んで鎮座する。
赤堀川を挟んで対岸は一面の水田となっているが、かつては「篠津沼」という大きな沼があった。篠津とは篠の生い茂った中の船着き場に由来するといい、祭神である豊葦建(竹)姫命を考え合わせるに、おそらくは篠や葦・竹の生い茂った付近一帯を領く女神を祀ったものであろう。

姫宮大明神の扁額
「風土記稿」篠津村の項に「姫宮社 当社は【延喜式】内多気比売神社にて、祭神は豊葦建(竹)姫命なり 神体は女体にて十二単衣冠の坐像(中略)金剛寺の持」と載り、江戸期、当社は姫宮社と呼ばれており、延喜式内社の多気比売神社に比定されていたことがわかる。 しかし、吉田東伍氏は「大日本地名辞書」の中でこれを否定し、さいたま市緑区三室の氷川女体神社を本来の多気比売神社であるとしている。別当の金剛寺は、真言宗の寺院で、社蔵の文化五年(1808)の「姫宮大明神」再建棟札にも「別当金剛寺専教」の名が見える。

覆屋の本殿と見事な御神木
明治初年、当社は社名を姫宮社から多気比売神社に改め、明治六年に村社となった。同四十五年大字五丁台字上耕地の稲荷社を合祀した。
祀職は、明治初年の神仏分離により金剛地の僧が姓を金田と名乗って復飾し神職となり、当社の東隣に居住して昭和二十年ごろまで務めたが、その後、加納の桜井家が継いで、現在に至っている。 
末社
・天神社・稲荷社・三峯社
(以上、境内案内板より抜粋)

本殿の裏側に小さな穴が空いていますが、神社配布のリーフレットによると、「神さまが受け止めた参拝者の穢れや、災厄を後ろの穴から追い出してあげるためにあけられている」という口伝がある、とのことです。

写真左:天神社 右:稲荷社

境内には、天神社、稲荷社、三峰社の末社があります。

三峰社
三峰社の裏手には竹林が広がっていて、「ガサガサ・・・」と竹が揺れる音がしていました。

左:力石 右:庚申塔

力石には「享保八年(1723年) 篠津村奉納力石三十三貫目卯二月吉日岩崎氏」の文が刻まれているとのこと。
庚申像は残念ながら紙垂で覆われて拝むことができませんでしたが、それだけ大切に扱われていると思うことにします。

多気比売神社の大シイ
そして何より見事なのは境内を覆いつくすほどの大シイです。
山村のお社などではなく、再開発が進む首都圏の圏央道周辺地域でこれだけ見事な巨樹があるだけでも感動します!

多気比売神社と大シイ
篠津の多気比売神社は、平安時代に編さんされた延喜式神名帳(延長五年(927)完成)の「神名帳」に名が載る足立四座の一つで、桶川市内で最古の神社です。
祭神は「豊葦建姫命」です。地元では「ひめみやさま」と親しまれ、古くから安産の神様として多くの信仰を集めてきました。

見事な大シイの巨樹
鳥居の脇に聳える大シイは、高さ13メートル、根回り6.7メートル、枝張り17メートル、東西14メートル、樹齢は約600年と推定されている古木の風格が漂う御神木です。5月末頃には黄色い房状の花が咲き、9月にはドングリに似た小さなシイの実が熟します。
鎮守の森の象徴ともいえるこの大シイは、境内の他の樹木とともに、篠津地区の人々の信仰と親愛の情によって、大切に守られてきました。歳末には氏子たちによって境内地の古木に張る太い注連縄が作られ、前年の縄とは張り替える習わしが続けられています。
(桶川市教育委員会)

参道脇の太い注連縄が巻かれた巨樹
巨樹は大シイや社殿脇の御神木だけでなく、参道脇にもこれまた見事な巨樹が茂っています。
境内案内板によると、古くより歳末に氏子たちによって、毎年太い注連縄が作られ張り替えられる風習があるらしいです。

古い幟立石などに囲まれた太い注連縄は、河川敷に坐する社なので龍神か蛇神を表しているのか、それとも安産祈願・子授け祈願の信仰を集めているので和合を表しているのか分かりませんが、とても印象的でした。

社殿から境内を望む
巨樹に護られた素朴だけど歴史あるお社。
巡り合えてよかったと思うと同時に、再び訪れたいと感じたお社でした。